『在日徒然抄』 (6) 鄭 煥麒 名誉顧問
   
ざいにちつれづれしょう
在日徒然抄
河出書房新社
初版発行
2002年 10月10日
貧乏神

民団の李組織局長は豪放磊落(ごうほうらいらく)だが、信仰に厚く、お金には無頓着であった。
その局長が「年末越冬資金」集めに担当になり、顔見知りのG社長を訪ねた。来客中とか、
忙しいとかで二、三回断られ、結局年末の指定の日時に来るように言われ、その日時に訪問した。

ところが二時間くらい待たされたあげく、理由も言わずに「来年、来てくれ」だった。 
人格を無視され、日頃、屈託のない局長もさすがに屈辱感で、腹の虫が治まらなかった。

大晦日の夜、家族そろって銭湯で一年間の汚れを落とし、なけなしの金をはたいて生花と焼酎を一升買い求めた局長は、
家の小さな床の間に花を活け、大きなグラスに焼酎をなみなみと注いで供えた。

準備が整ったところで、局長は家族五人とともに床の間に座った。そして、床の間に向かって、
「わが家の愛すべき貧乏神よ。長らく一緒に住んできましたが、ご存じのごとく赤貧洗うがごとき状態です。
さぞ居心地が悪かったでしょう。これはまったく私の不徳のいたすところ、はなはだ申し訳ありません」と口上を述べ、
家族とともにうやうやしく頭を下げた。 
局長は言葉をついで、「今までの罪滅ぼしにビッグニュースをお知らせします。お金持ちの家を見つけてきました。
住み心地のよいG社長の家です。早速、今晩から移っていただき、どうかよい新年を迎えてください」と、
家族全員心を込めてお祈りをした。

そのことを李局長は同僚の金国際局長に一部始終話した。

これを聞いた金局長は、日頃寄付金の出しっぷりの悪い、D社長に一計を案じた。ある日、局長は4、5人の経済人と
雑談を交わしていた席で、李局長の一件を話題にした。

D社長らは、「李局長が名指しした家はどこか」と局長に繰り返し聞く。しかし、局長は頑として「知りません」と答えた。
そして、局長はわざと「今日は黄道吉日。私も今夜、わが家の貧乏神にお金持ちの家に移っていただくよう、
家族そろって誠心誠意お送りするつもりです」と、皆の前で独り言。同席していた社長らは局長も見て、
「局長、貧乏神の行き先というのは、誰の家のことか?」とくどく聞く。
「名前は言えません」、「否、言いなさい」の押し問答になった。こうなると、ますます知りたくなるのが人情というもの。 
平素、ケチなD社長は、自信の寄付の出しっぷりが悪いのを意識してか、余計に知りたくなったのだろう。
とくにしつこく聞いてくるので、やむをえず「実ははなはだ申し訳ありませんが、その家はほかでもない、
あなたの家です」と言った。

D社長はいやな予感が的中し、慌てて「おいおい。そっ、それは困る。それだけは困る。今日はこれだけ寄付するから、
それだけは勘弁してくれ」 これまで出しっぷりの悪かった渋ちんのD社長だったが、その後は、何かと協力してくれ、
組織のよき理解者になった。(人みなわが師から)