『在日徒然抄』 (11) 鄭 煥麒 名誉顧問
   
ざいにちつれづれしょう
在日徒然抄
河出書房新社
初版発行
2002年 10月10日
桜のふるさと

春は、爛漫と咲き匂う桜ではじまると言ってもよい。梅が春を告げる花なら、桜の花は春そのものである。
厳冬のなかで蕾を抱きそして咲く梅は、なぜか気品高く見える。

一方、寒い時にじっと蕾で耐え忍び、暖かさとともにパッと咲く桜を観ると、私はなぜか身体の隅々まで躍動を感じる。

私は桜前線の話が出はじめるとなぜか気分がうきうきする。今年こそは京都の祇園の夜桜を見に行こう、
いや東京の桜名所をニ、三か所回ってみようと、いろいろ計画するのだが、雑用が多く、
10年このかた一度も実行できていない。

桜の見頃が1週間くらいというのも、ゆっくりと桜を鑑賞する時間を与えてもらえない理由の一つで、
私は結局、家の近くの瑞穂グランドの桜並木、八勝通りの桜のトンネルの壮観さで満足してしまう。

書物で読んだが、桜は前年の六月頃から約10か月も蕾を持ち続け、春の暖かさに誘われ、
長い眠りから覚めて一気に咲く、と記してあった。 

ま ことに不思議な花である。桜は葉の出る前に花が咲き、その花の寿命もほかの花違い、
満開の瑞々しいままで見事に散っていく。その花の散り方が日本の武士道に似ているとか言われるゆえんである。
話はそれるが、最近の日本や韓国の政財界では、桜のように美しく咲き、散り際の潔さがないようだ。

政治かも経済人も桜の花のように生きたい。為政者もそうあってこそ、多くの国民の支持が得られるであろう。
若い頃、私は仕事で早春の時期に韓国に行った。場所は忘れたが、車内から山裾一面に咲くレンギョウの
黄色い花を見たことがある。

レンギョウは春、葉に先だって黄色い四弁の花がいっせいに開く。
菜の花畑のように広い範囲いっぱいに咲き乱れているレンギョウを観たのは初めてで、実に壮観だった。

日本で見たレンギョウより、花びらが少し大きいように感じた。
桜の見所は韓国も数多い。私は桜は日本の国花であるから、日本独特のものであると思っていた。
そこで『花の由来』という本で調べてみたところ、中国からきたというのが一般的な説だが、
儒学者である貝原益軒(1630-1713)の書やその他の本によれば、桜は日本の花で中国には桜というものはない、
ただし朝鮮にはあった、と書かれている。また平安時代の歌によく出てくる桜は、朝鮮半島と深い関わりのある
奈良の桜がほとんどである。

私の想像だが、桜のふるさとは韓国で、ほかの植物とともに600年代の前半(622年聖徳太子の没後)、
百済から渡ってきたのではないかと思われる。
今年こそは、古い時代に思いを馳せ、奈良の桜と新羅の都・慶州の見事な桜並木を楽しもうと思うが、実行できるか・・・・・。
                                                            (季節の風物詩から)