呑川と水質
「呑川の会」会員から寄せられた呑川についてのレポートです。
(1997年4月記述)
このページは「呑川とは」の第四パートです。 
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 呑川が昔農業用水として利用されていた頃の水源としては、湧水と雨水が主であったと思われる。
 関東ローム層の台地は地下水を豊富に貯えることができ、その台地のあちこちの崖からは地下水が湧き出し、呑川に注ぎ込んでいたと思われる。
 また降った雨も全部がすぐ川へ流れ込むのではなく、かなりの水量が田圃に一時溜まり、その間に地下にしみ込んだり蒸発したりしたと思われる。

 当時人家からも生活排水は川へ流れ込んではいたが、水洗トイレや洗濯機は未だ普及しておらず、流れ込む水量は現在ほど多くは無かったと思われる。
 トイレは汲取式で糞尿は畑の肥料として利用されることが多かったし、洗濯は川ですることも多かった。

 本来川はさらさらと流れ下る間に空気に曝されるなどして、自己浄化する能力を持っている。


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 戦後になって流域に住宅や工場がたくさん建ち始めると、家庭排水や工場排水が大量に川へ流れ込むようになり、だんだんドブ川化してきた。

 昭和24年に蒲田の呑川のそばに引っ越して来たとき、大きなドブ川だと思ったが、それでも川の自己浄化作用はいくらか残っていたので、悪臭がすることはなかった。ただ窓を開けると蚊が入ってくるのでカヤは手放せなかった。
 しかし高度成長期に入ると、川の水質はますます悪化し悪臭がするようになり、蚊も住めないようになってきた。
 そうなると川は厄介者扱いになり、ゴミを捨てる人もいた。ただそのころは未だ下水道が整備されておらず、大雨が降ると増水した水でゴミを押し流し、水の汚れも一時的に薄められた。 
 当時は、下水道が整備されると下水が川へ流れ込まなくなるので、川の水質は改善されるかと期待していたが、正直のところ少々期待外れであった。
 それはひとつには地下水の水位が下がり護岸はコンクリート張りになり湧水が川へ流れ込まなくなったこと、もうひとつには雨水はすべて一旦下水道に取り込まれ、雨水が川へ流れ込まなくなったことである。
 そのため以前は通常時でもある程度の水量が川を流れていたのが、通常時にはほとんど水が流れなくなり、川は枯渇化してしまったのである。
 すると川の中流の感潮域では水が淀み、墨を流したように水が真黒になったり、硫化水素が発生するのかひどい悪臭を放つようになり、夏はとても窓など開けてはいられないような状態となった。

 ところが通常時はほとんど水のない川も、一度大雨が降ると、川の護岸の随所に開けられた下水吐から、下水道にたまったヘドロもろとも大量の下水が川へ流れ込む。
 現在の下水道は合流式で作られているので、大雨で処理しきれない下水は川へ流すようになっているからだ。

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 このような中流の感潮域での悪臭対策として、平成3年度に双流橋から蒲田駅手前のJR鉄橋までの間に屋形船の形をした曝気装置を4台設置して、川の水へ空気を送り込み水の浄化を始めた。
 また平成7年度からは、新宿区の落合処理場で高度処理した下水処理水を呑川上流の東京工大付近で放流する対策もとった。
 この二つの悪臭対策が功を奏して、最近水質はかなり改善され、CODで10PPM位までになった。

 ボラや鯉が泳ぐようになり、またそれを追ってカルガモやユリカモメやカワウなどが川面にくるようになった。
 川に魚や水鳥がくるようになると、川をのぞき込む人や水鳥に餌をやる人が多くなり、川へゴミを捨てる人も心持ち少なくなったような気がする。

 ただ残念なのは、大雨で下水吐から大量の下水が川へ流れ込むと、悪臭のするスカム(浮遊汚泥)が川面を埋めつくし、また可哀想にも大量の魚が窒息して浮き上がることである。
 今後の水質対策としては、水害対策同様、汚し放題の水の後処理だけを考えるのではなく、水が持つ本来の自然の循環サイクルをとり戻し、また川が持つ本来の自己浄化作用を取り戻す方向で進めるべきであろう。
 もともと東京の都市河川の水源は、関東ローム層の台地の崖からの湧水によるものが多かったのであるが最近は地下水位が下がって湧水量が極端に少なくなっているようだ。
 神田川の水源である井の頭池の水ですら現在は自然の湧水ではなく、ポンプで深いところから汲み上げている。
 水害対策のところで述べた保水や湧水の考え方は地下水位を上げる対策にもなる。


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 しかしこうした地下水も現在では地面の下を縦横に走る下水道や地下鉄のトンネルに流れ込むものがかなりあるようだ。五反田駅付近の目黒川へ都営地下鉄のトンネルへ湧き出した水を放流しているところがある。
 神田川の上流には、護岸の強度に影響しない範囲で、川底の一部を砂利敷にして、水の湧き出しやしみ込みを工夫した例がみられる。
 呑川にもそれらしいところがある。呑川でもみられるが、多くの都市河川では川の所々の河床に段差をつけたり、せせらぎを作ったりして、川の水を空気に触れさせ自己浄化を図っている。
 野川では二子玉川付近で多摩川に流れ込む水をすべて多摩川の河原の砂利を通して浄化している。礫間接触酸化法と言って、砂利の持つ水の浄化作用を利用している。

 森ケ崎処理場は大田区をはじめ目黒区や世田谷区など極めて広範囲の下水を処理している。

 もっと上流の目黒区や世田谷区に小規模な処理場を設けて、その処理水を呑川に放流できないものか。また団地や大工場の下水は以前のように自前の浄化設備で処理するようにしたらどうか。

 もちろん水質についての指導や費用負担への配慮はするものとする。下水道建設には莫大な支出が必要である上、下水道に危険な物質が捨てられても目に見えないのでわからない。
 使った水の後始末はすべて行政任せという考えでは、住民に水質浄化の意識は育たないし、土木関係の財政も破綻してしまう。
 また現在の下水処理法では有機物の処理はできても、危険物質の処理までは手が回らない。 

 なお物事はすべてうまくは行かないようで、川の水がすこしきれいになるとユスリカが大量に発生したり、水鳥の糞で汚れたり、大量の藻が発生するという苦情もあるようだ。


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 目黒川や石神井川の中流域にはユスリカ退治用の電撃器が多数設けられているし、呑川の曝気装置も藻や貝が付着して故障が多発するとして、平成9年度には撤去されてしまった。 

 呑川の中流域にはゴミフェンスが設置されている。空き缶の投げ捨てが多いが、このようなものを設置しなくてはならないのは恥ずかしいことだ。
 家庭で使い残しの油を下水に流さないような一寸した心使いもしてほしい。





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