戦後になって流域に住宅や工場がたくさん建ち始めると、家庭排水や工場排水が大量に川へ流れ込むようになり、だんだんドブ川化してきた。
昭和24年に蒲田の呑川のそばに引っ越して来たとき、大きなドブ川だと思ったが、それでも川の自己浄化作用はいくらか残っていたので、悪臭がすることはなかった。ただ窓を開けると蚊が入ってくるのでカヤは手放せなかった。
しかし高度成長期に入ると、川の水質はますます悪化し悪臭がするようになり、蚊も住めないようになってきた。
そうなると川は厄介者扱いになり、ゴミを捨てる人もいた。ただそのころは未だ下水道が整備されておらず、大雨が降ると増水した水でゴミを押し流し、水の汚れも一時的に薄められた。
当時は、下水道が整備されると下水が川へ流れ込まなくなるので、川の水質は改善されるかと期待していたが、正直のところ少々期待外れであった。
それはひとつには地下水の水位が下がり護岸はコンクリート張りになり湧水が川へ流れ込まなくなったこと、もうひとつには雨水はすべて一旦下水道に取り込まれ、雨水が川へ流れ込まなくなったことである。
そのため以前は通常時でもある程度の水量が川を流れていたのが、通常時にはほとんど水が流れなくなり、川は枯渇化してしまったのである。
すると川の中流の感潮域では水が淀み、墨を流したように水が真黒になったり、硫化水素が発生するのかひどい悪臭を放つようになり、夏はとても窓など開けてはいられないような状態となった。
ところが通常時はほとんど水のない川も、一度大雨が降ると、川の護岸の随所に開けられた下水吐から、下水道にたまったヘドロもろとも大量の下水が川へ流れ込む。
現在の下水道は合流式で作られているので、大雨で処理しきれない下水は川へ流すようになっているからだ。