呑川の水はどこから?

「川とは天から降った雨が流れ下るもの」と、普段私たちは素朴に考えています。でも、少し考えると「雨が降っていないときでも水が流れているよ」という 疑問が出てきます。
多摩川などは山の湧き水が集まって流れてくるのがイメージとしてもわかりますが、呑川はどうでしょう。

呑川にだって湧き水が入っています。
石川町や雪が谷小・中学校のあたりにはあちこちから、そして少し下って本門寺のあたりの左岸の川の側面(護岸)にあいた小さな穴からも、しみ出しているのを見ることができます。

「では、呑川はそうやって湧き水が集まって川になってながれているの?」
残念ながら「そうでした」と過去形で言うのが正確ですが、かつての呑川はそうやって湧き水を集めて流れていたのです。

呑川の水源と言われているのは大きくいって3つあります。でも、それは3カ所の湧き水ということではなくて、あちこちの湧き水が大きく3つの流れになって呑川と呼ばれる川になっていたのです。

呑川は桜新町から来る流れが本流とされています。
本流とは河口から見ていちばん遠い水源をもつ流れです。駒沢の流れも本流に合流します。
2番目は柿木坂支流です。本流とは東横線・都立大学駅付近で合流します。
3番目は九品仏川です。本流とは緑が丘駅付近で合流します。

******* 呑川と多摩川・目黒川鳥瞰図
(高度25倍強調・フリーソフト/カシミールで作成)
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もうひとつ、清水窪湧水などを集め一度洗足池に注いでから道々橋付近で 合流する洗足流れもあります。また、昔は六郷用水とも池上で合流・分流して いたようです。

******* 呑川と洗足流れ鳥瞰図
(高度25倍強調・フリーソフト/カシミールで作成)

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「そうやってたくさんの湧き水を集めて呑川になっていたんだね」
そうです。ただし、それは昔のはなし。
現在は平常時は世田谷の水は、わたしたちが目にしている呑川に入ってこないのです。
なぜでしょう。
ちょっと面倒ですが、次の資料を見てください。

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 35年3月,都は「東京都市計画河川下水道調査特別委員会」 (委員長 元建設省土木研究所所長伊藤剛)を設置し,都内の排水問題についての検討を開始する。同委員会は翌36年10月,河川と下水道のあり方についての基本的方向をまとめ,東知事に報告した。
この報告はその発表年次をとって,俗に「36答申」とよばれている。 答申の内容はおおむね次の4点に要約できる。

(l)呑川,目黒川,桃園川など源頭水源を有しない14河川の一部または全部を暗きょ化し,下水道幹線として利用する。
(2)下水道幹線化する以外の区間についても,舟運上などの理由からとくに必要な部分をのぞき覆蓋化する。
(3)覆蓋化された上部については,できるかぎり公共的な利用を図ることとする。
(4)暗きょ,覆蓋化にあたっては,狩野川台風並みの降雨でも氾らんしない能力を与えることを原則とする。

 いっぽう事業は, 36年に答申を先取る形で,桃園川と渋谷川の暗きょ化工事が開始される。以後他の河川についても順次事業がすすめられ,覆蓋上部は遊歩道などとして利用されていった。

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これは、「下水道東京100年史」という資料です。そこには33年9月に襲来した狩野川台風をはじめ、しばしば水害の被害を受けた呑川など中小河川への対策として、また「ドブ川」と化していた川に蓋をして下水道幹線として利用することが決められたと書いてあります。

以前は雨が降ってもその水は林の落ち葉や田圃に蓄えられ、川の水は徐々に増水したのですが、市街化が進んでくると、降った雨は地面にしみこんだり林や田圃に蓄えられなくなります。
そのため、呑川は以前にも増して暴れ川となり、しばしば氾濫するようになりました。もっとも水が集まりやすい谷の合流点や、もともとの低地などには、家を作らないのが昔の人の知恵だったものが、そういう場所にもどんどん住宅ができ、氾濫の被害を受けるようになったとも言えます。

呑川流域の浸水(昭和33〜57当時)
( 注! その後の対策により、浸水実績は変わっています。
現在の状況は行政機関の防災・都市計画担当へお問い合わせください。)

一方、林や畑がなくなると台地へ水がしみこまなくなるので地下水が補給されなくなり、湧き水は減少して川への水の供給は減少しました。
しかも、家庭排水が川に入ってくるなどで、湧水から廃水(もとをただせば水道水)へと水の供給源が変わるとともに、川の水がどんどんよごれ、淀み、腐敗して悪臭を放つようになりました。

こうして呑川は、「ドブ川」と呼ばれ、無視されたり憎まれたりするようになったのです。そのうえ、水害を繰り返す呑川に文字通り「臭いものにはフタ」というわけで、この厄介者の川を見えなくする、それを下水道幹線として利用する、そしてその土地は遊歩道などの緑地として 利用できるという一石三鳥のアイデアに住民は喝采を送ったのでした。

これに従って、世田谷区内、目黒区内の呑川(だった場所)には蓋がされ、下水道管を入れて下水道幹線になりました。この下水道幹線を集めた「呑川幹線」は、呑川の蓋かけがなされなかった緑が丘駅付近から下流は、呑川と並行して道路の下に埋設されています。そして、さらに下っては雪が谷小・中学校の西側のバス通りを通っています。だから、この小・中学校は現代の呑川幹線と旧来の呑川の両方に挟まれていると言えます。

こんなわけで、呑川へは世田谷、目黒区の湧き水は一滴も入ってきません。 (ただし、これは平常時の話です。)
ですから、この状態では「呑川の水源は世田谷・目黒区にあり、本流は桜新町から来ている」とは 言えないのです。

「では、いま呑川に流れている水は緑が丘駅付近から下流の石川町や雪谷の湧き水だけなの?」
いいえ、湧き水はあるにはあるのですが、とても分量が少ないでしょう。とうてい、今、呑川を 流れている、あんな水量ではありません。
もともと川はある程度の分量の水が「流れて」いないと、水が腐ってしまいますね。 そこで、呑川には新宿区の落合下水処理場の高度処理水をはるばるパイプで引いて 流しているのです。このへんの事情は、メニューに戻って「呑川とは」をご覧下さい。

さて、下水処理水ということは上水道の水が一度使われて、処理場で処理された水ということになりますが、その上水道の水はどこから来ているのでしょう。

東京都は水道水源を利根川水系と多摩川水系およぴ地下水に求めています。そのほかにわずかですが、相模川の水を購入しています。 利根川水系の水は武蔵水路経由で荒川の秋ケ瀬と江戸川の三郷および金町で取水されています。 多摩川水系では、小作、羽村、砧で取水されています。
すると、今の呑川に流れているのは世田谷の水ではなくて、もとをただせば利根川と多摩川のミックス水ということになります。

ここまでは、晴天時のおはなし。
呑川の水はどこから?というお話はまだ続きます。

雨が降ると呑川流域では、屋根に降った水は家庭の排水マスから下水道の枝線へ入ります。 道路に降った水も同じく下水道に入ってしまいます。そして主に道路の地下に埋められた下水道管の中を流れ下ります。

下水道の方式には2通りあって、ひとつは雨水と汚水を一緒の管で流す合流式、 もうひとつは雨水と汚水を別々の管で流す分流式です。

今の下水道法では原則として 分流式で下水道を作ることになっているのですが、呑川流域では合流式の下水道になってしまって います。ですから、晴天時はトイレや台所排水などの汚水が流れている下水道管に、雨が降ると大量の雨水が流れ込んできます。

この汚水と雨水の混合したものが世田谷・目黒区内の呑川幹線 (呑川緑道になっている旧呑川河道の地下に埋設)を流れ下って行き、やがて緑が丘で呑川が 開渠になる少し手前で呑川緑道から離れて呑川と並行した幹線に入っていきます。

ここですべての汚水・雨水の混合した水が下水道に行けばよいのですが、実はそれはほんの一部です。

多くの部分が開渠の呑川に入って来るのです。1時間あたりの降水量3ミリメートルを越えると 呑川に汚水が混じった水が入ってくることになると言われています。 少し強い雨が降ると呑川が臭うのはこのためです。

さらに開渠の呑川(大田区部分)には、護岸にあちこちで大きな穴が開いているのをみなさんご存じ でしょう。ここからも下水道に入りきれない汚水混じりの雨水がどんどん入ってきます。(流れ込む場所や量など詳細を調査確認中です)
強い雨の時は雨で薄められてはいますが、トイレの排水も台所の排水も大部分が呑川に 入ってしまい、ほんの一部が下水道幹線を通って処理場に行っているというのが降雨時の実態です。

それでも池上付近までは、川が臭いのは降雨時の一時的な現象です。しかし、蒲田付近は流れ 下って来た水が海水とぶつかり、すぐには海に下りません。川を上ったり下ったりするうちに腐敗がすすみ、川の水が黄色や黄緑色になって本当に強烈な臭いです。歩いて行くと100メートルも川の手前から卵の腐ったような臭いがしてくるのです。
池上から下って川がほぼ直角に曲がる付近から急に水質が悪くなりもう一度直角に曲がってJR鉄橋をくぐって蒲田を過ぎ、夫婦橋付近までが水質の最悪ポイントです。

下水道が川や海にトイレ排水を入れることを前提にして設計されているなんて、やはり変だと思います。

「呑川の会」では、今この下水道からの汚水流入について重点的に調査・勉強中です。 「東京の負の遺産」と言われている合流式下水道について、下水道局に尋ねたり、 資料を調べたりしています。それについては、逐次おしらせしていくつもりです。


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