| #11/2007/7/8 Steeleye Span“Ten Man Mop or Mr Reservoir Butler Rides Again”(Pegasus PEG 9 /1971)
チャイルド・バラッド、ブロードサイド・バラッド、ナンセンス・ソング、ジャコバイト・ソング、アイリッシュ由来のソングやダンスという多種多様な素材を、男性シンギング、女性シンギング、無伴奏コーラス、インストゥルメンタルプレイ、といった多彩な味付けでバラエティー豊かに表現するという贅沢な構成はこれら3枚のアルバムに共通した性格です。 特に3部作最後の作品であるこの“Ten Man Mop 〜”は、まるで激しい修行を経て解脱した坊さんの悟りの境地、とでも言いましょうか、凡人には到底到達できないような高みにある存在。あれこれ言わず、ただただ頭を垂れて一心に聴くべし、といった雰囲気に溢れています。 “ブラック・ホーク”のいつものレコード・ジャケット掲示場所に、このアルバムを置くときの松平さんは、次の(音が出た)瞬間に店内に満たされる《歓迎》vs《嫌悪》のリアクションを毎回楽しむかのような、まるでいたずらっ子のような面持ちをしていたのが忘れられません。 そして、店内でもひときわ異彩を放っていたこのアルバム・ジャケットを眺めると、この表裏の写真や、あの“No Roses”の裏ジャケット写真に触発されて、神田にあったブリティッシュ・カウンシルの図書館からビクトリア時代の写真集を借り出しては、古き良きイングランドの風物に想いを馳せていた青春の日々を思い出します。(ここに関連記事⇒) さて、当時からトラッド・ファンの間では幾つかの「スティーライ・スパンの謎」ってのがありまして、その一つがこのやたら長ったらしい 3rd アルバムのタイトル“Ten Man Mop or Mr Reservoir Butler Rides Again”だったってのは言わずもがなでしょう。 さて、もう一つは、1970年にこのグループがデビューした時からの謎、つまりは、そもそもこの謎めいたグループ名の由来です。
当時のスティーライ・スパンは mark3 として数枚のアルバムをリリースした後に一旦活動を休止した後、1977年に mark 2 以来数年ぶりにマーティン・カーシーが、なんとあのジョン・カークパトリックを伴って再加入し、mark 4 として活動を開始したばかりの頃でした。 ティム・ハート自身によって編集された A4版80ページ程のこのブックレットは、デビューから mark 4 までのスティーライ・スパンの歩みを、多くの写真とともに紹介したものでしたが、その一番最初のページにこの奇妙な名前の由来が書いてあったのです。 このブックレットは現在でも(オークションなどでの)入手はなかなか難しいと思われますが、幸いなことに、何でもインターネットの今日、“Steeleye Span's Archive Pages”というサイトに於いて、デジタル化されたこのブックレットの内容がほぼ全部アップされていて、だれでも簡単に閲覧が可能です。特に文章については“The Complete Steeleye Span”のページで、オリジナルの文章を全て読む事が出来ます。 さて、グループ名の由来について書いてあるこのチャプター1の詳しい内容はご自身で読んで頂くとして、つまりは、スティーライ・スパンというグループ名は、19世紀の初めにリンカンシャー北部の“Horkstow Grange”と呼ばれる農場で御者として働いていた John 'Steeleye' Span という人物に由来するということなのです。 さて、オリジナル本ではチャプター1の冒頭に掲載されていた“Horkstow Grenge”の楽譜と歌詞については、どうやら先ほどのサイトの中には収録されていないようです。せっかくですから、ここにオリジナル本の楽譜と歌詞の部分含めたページをスキャンした画像(“Horkstow Grenge”)を載せておきますので、どうぞ参照して(歌える人は歌って)みて下さい。 なお、ここで触れられている Percy Grenger という人が1906年にシリンダー・レコードに採集した音源は、ビル・リーダーによる LEADER SOUND LTD 名義のレーベルから“Unto Brigg Fair”(LEADER 4050 / 1972)というタイトルでリリースされています。そして、この中でちょうど101年前に Grorge Gouldthorpe というお爺さんが歌った“Horkstow Grenge”の歌唱を聴く事が出来るのです。
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| #12/2007/7/16 Tim Hart and Maddy Prior“Summer Soltice”(B&C Records CAS 1035/1971)
そして、サンディー・ロバートン&セプテンバー・プロダクションの場合はサウンド面だけでなく、フォトグラファーの Keith Morris との共同作業によりジャケット・デザイン面に於いても多くの傑作を残しています。
これら3枚のジャケット・デザインはどれも「2つ折仕上げで、中ジャケットにメンバーの写真を配置する」という共通した構成の上で、非常に濃厚に《英国=ブリティッシュ》を感じさせるデザインとなっていますが、そのアプローチの仕方はそれぞれに微妙に異なります。 “Ten Man Mop 〜”では表裏にビクトリア時代の民衆を写した古いポートレイト、“No Roses”では、表面はキース・モリスの撮影による古いお屋敷の壁面に彫られたライオンのレリーフの写真+裏面はセシル・シャープが撮影したローカルシンガーのポートレイト、という違いはありますが、どちらもえんじ色やグレーといった落ち着いた色調のベースにモノトーン(風)の写真がレイアウトされて《英国=ブリティシュ》を感じさせます。 一方、この“Summer Soltice”では、一転して明るいクリーム色のベースに鮮やかな色彩を使って四季を表現したイラストがあしらわれていますが、このイラストは前2者のアルバムの写真と同様に強烈に《英国=イングリッシュ》を感じさせるものです。
とにもかくにも、このアルバムは他の2者やその他の傑作アルバムとは異なり、私が純粋にアルバム・デザインだけでもその存在価値を認める唯一のトラッド・アルバムです。 といっても、内容が無いと言っている訳ではありません。それどころか、松平さん自身が“トラッドの受け入れられ方”の項で書いているところによると、松平さんが監修したフォノグラムのレコード・シリーズのリリース予定のリストの中には、“No Roses”などとともにこのアルバムも入っていたということです。 さて、ティム・ハート&マディー・プライヤーがこのアルバムをリリースしたのは、スティーライが“Please To See The King”をリリースした1971年3月と、“Ten Man Mop 〜”をリリースした12月の間と推定されます。彼らとサンディー・ロバートンとのコラボレーションは、スティーライの 1st アルバムが最初ですから、もし、録音自体はもっと前だったとしても、それがスティーライ結成以前に遡ることは無いでしょう。 つまり、このアルバムで彼らが表現しているのは、スティーライ・スパン mark 2、あるいは mark1 も含めた初期3部作の時代にスティーライとは別に、彼ら2人が独自に表現したかったスタイルと言えるのではないでしょうか。そう考えながら、スティーライの初期3部作と比較しながら聴いてみると、なかなか興味深いものがあります。 A-1. False Knight on The Road |
| #13/2007/8/1 Shirley Collins and The Albion Country Band “No Roses”(Pegasus PEG 7/1971)
いつものように道路側の奥、縦長の窓際の席に座ってトラッドのサイクル(英ー1)が来るのをじっと待っていた私は1曲目の“Claudy Banks”が流れた瞬間、「一体何が起こったんだ? これは何だ? エレクトリック・トラッドだけど、今まで聴いた事が無いぞ。」と聴き耳を立てました。 大地を掘り起こさんばかり重厚なベースノートはどうやらフェアポート、スティーライで聴き慣れたアシュレイ・ハッチングスらしい…。そして、左チャンネルからからむねちっこくからむギターのカッティングノートは紛れも無くリチャード・トンプソンのもの。右チャンネルでリズムを刻むのは朋友サイモン・ニコル? …とすると、これはフェアポートか? だとしたらヴォーカルの女性は一体誰だ? すると、突然、フェアポートやスティーライでは到底聴き慣れないサックスとバスーンの(もちろん正確な楽器名は後日クレジットを見て知ったこと)間奏が流れる。 耳からは流れて来るこの印象的な音楽を真剣にインプットしつつ、いつもの場所に掲げられたレコードジャケットを遠くから見遣りました。今まで見慣れないジャケットです。そして、遠目には小さな文字で書かれているバンド名らしきものも、アルバムタイトルも定かではありません。ただ、いかにもイングランドらしい古びた造りのお屋敷の壁を飾る、ライオンのレリーフを写したジャケット写真がやたら印象的です。 一転して2曲目“The Little Gypsy Girl”では、爽やかなアコーディオンの音色に乗せて軽やかな歌声が流れます。そして、な、なんと、今度は間奏にハマー・ダルシマー&スティックの音色が…。あ〜、あ〜、一体このバンドは一体何者? 3曲目“Banks Of The Bann”はさらに趣向が変わって、ドラム抜きでピアノとエレクトリック・ベースに乗せてしずしずとした歌声が…。バックではアコースティック・ギターがコードを、アコーディオンがメロディーをなぞります。 いよいよ我慢しきれなくなった私は席を立ち、レコードジャケットを手に取りに行きました。既に私がトラッド好きな客であることにうすうす気が付き始めていた松平さんは例によって表情は全く不変ですが、その無表情な顔の下から「どうだい? スゴイだろう?」とでも言うような、無言の(でも強烈な)メッセージを発していました。
そのようなことを慌ただしく読み取っている内に流れて来た次の曲(A-4“Murder Of Maria Marten”)は、な、なんなんだ〜! とりあえずA面を聴きジャケットの表裏を見たところで当時の私が理解できたことは、このアルバムはシャーリー・コリンズという女性シンガー(多分、私が彼女の名前を知ったのもこの時が最初だったと思います。)をフューチャーして、あのアシュレイ・ハッチングスが多彩な仲間たちを集めてプロディースした、新しいエレクトリック・トラッド・アルバムだ、ということでした。アルビオン・カントリー・バンドというバンド名が、アシュレイの下に参集したそれらの多彩なミュージッシャンを総称した名称であろうということも大方推測できました。 レコード室の前というのは、同時にお店への出入り口でもあるので、その場で二つ折りのジャケットを開いて見開きに書かれたそれぞれの曲のクレジットを見ることはちょっと無理があります。ですから、こまかいクレジットを実際に目にしたのは、後日、自分自身でこのアルバムを入手してからだったと思います。そこには、先ほどの25人が様々な形で演奏に関わっている姿が見えてきました。 B-1“Van Dieman's Land”では、Nothumbrian Small Pipes がバックに流れますが、これも私がこの楽器の音色を実際に聴いた最初の経験だったと思います。 B-2“Just As The Tide Was A 'Flowing”では、とうとうマディー・プライヤーまで登場してコーラスを付けています。なんと贅沢な…。 B-3“The White Hare”では、渋い渋いラル&マイク・ウォータースンがコーラスをリードしてモリスダンスでダンサーの足に付ける鈴でリズムを取って始まります。3節を歌い終わったところで、大地を揺るがす様なアシュレイのベースノートに乗って、ニック・ジョーンズのフィドルにトンプソンのギターが唸る。 B-4“Hal-An-Tow”は、メロディオンの伴奏と、間奏には Jew's Harp(いわゆる口琴)と再びハマー・ダルシマーが登場するのったりとした雰囲気のイングランド風コーラス曲。 B-5“Poor Murdered Woman”は、トンプソンとニコルのエレクトリック・ギターが左右から包み込むように盛り上げる、アシュレイの土を掘り起こすかのようなベースとマタックスのいつもごとく几帳面なドラムによって、これ以上無い程上質なエレクトリック・トラッドナンバーとして仕上げられているこの曲で、この比類なき傑作アルバムは締めくくられます。 よく言われる「無人島に持って行くアルバムを1枚だけ選ぶ」というような仮定に従って、'70年代ブリティッシュ・トラッドに限って選ぶとしたら、私の1枚はやはり出会ってから35年が経過するこのアルバムをおいては他にはあり得ないってことになるでしょう。
私はこの見開き写真を最初に見た瞬間に「う〜ん、これぞまさにイングランド! いつかきっとこんな風景を自分の目でしかと確かめてみたい!」と、強く思いました。 松平さんが1993年にリリースされた国内盤のライナーノーツで「1971年、見開きオリジナル・ジャケットの内側の写真を見て、『この音楽は只ならない』と緊張したのを覚えている。英国の風土を象徴するような、なだらかな草原と濃い緑の木々。そこを寄り添って歩く、シャーリー・コリンズとアシュレイ・ハッチングス。両人が結婚していたことはやや後で知ったが、この写真は意味深長なインパクトをもっていた。」と書いていたことは、実は松平さんの没後、浜野智さんたちのご尽力で松平さんの残した膨大な文章がデジタル化されるまで知りませんでした。生前の松平さんとこの写真の話をしたことは無かったのですが、あの当時、同じ見開き写真を見て、松平さんも私と全く同じような強烈なインパクトを受けていたことを知って、妙に嬉しくなりました。
そして、念願かなって、 Etihingham 村に到着。正にあの見開きの写真そのままの風景が目前に広がっていました。私はその風景をしかと目に焼付け、そして、彼らと同じ空気を胸一杯に吸い込みました。なんとも幸せな気分でした。 後日、アルビオン・ダンス・バンドのコンサート会場で、念願かなってシャーリーと言葉を交わした際に、過日、Etchingham の村を訪ねた事を伝えた言葉に、彼女が満面の笑みで応えてくれたのがなによりのご褒美でした。
そして、同封されていた自筆の手紙に書いてあった彼女たちの住まいはなんと“Red Rose”という素敵な名前でした。 |
| #15/2007/11/1 Sandy Denny “The North Star Grassman and The Ravens”(Island AML(i)-1011/1972/国内盤)
私の手元に有るのは国内盤なので、リリース・デイトは1972年となっていますが、本国でリリースされたのは、1971年9月ということ。つまり、ヤマハ渋谷店経由で輸入盤をす早く入手していた“ブラック・ホーク”のターンテーブルにこのアルバムが乗るようになったは、本国でのリリースから程ない1971年秋〜初冬の頃だと思われます。 想像してみて下さい。 多感な17才が思いっきり背伸びしてコーヒーを片手にタバコをくゆらせながら、なんともセンチメンタルでアンニョイ漂う時間を過ごしていたものです。
A-1. Late November (Sandy Denny)
B-1. Next Time Around (Sandy Denny) |
| #16/2007/11/1 Sandy Denny “Live at The BBC”(Universal-Island Records/2007)
今回取り上げるのは、2007年10月中旬にリリースされた、サンディー・デニーのそのようなレア音源集。といっても、その構成は CD3枚+DVD1枚のボックスセットとなっていて、DVDにはなんと《動く》サンディー・デニーが写った映像が収められているという、正真正銘のレアな音源&映像集なのです。 私は知らなかったのですが、実はこのようなサンディー・デニーの BBC ライブ音源集としてはちょうど10年前の1997年に“THE BBC SESSIONS 1971-73”というCD アルバムがリリースされそうです。ところが、このアルバムは発売直後に遺族の反対等の諸事情により回収されてしまうという残念な結果になってしまったということです。今回のものはその時の編集者によるリベンジ・リイシューといった風情で、以前よりもさらに一段と内容充実させて再登場したようです。 実は、私がサンディー・デニーの音楽をまともに聴いていたのは #15 で取り上げた“The North Star Grassman and Tne Ravens”から、せいぜい第2作の“Sandy”辺りまでで、第3作の“Like An Old Fashioned Waltz”になると、そのメルヘンチックなデザインのジャケットと甘ったるいストリングス仕立ての曲調に辟易して、殆ど聴かずにお蔵入りさせてしまいました。そしてその後、音楽志向がさらにディープになるに従い、ほぼ30年以上、サンディー・デニーの音楽そのものを全く聴いたことがありませんでした。 ところが、先日、ブリティッシュ・トラッド愛好会の設立に至る経緯について書かせて頂いた「ブラック・ホーク伝説」の出版を真近に控えた10月下旬、私がこのコーナーを立ち上げるきっかけとなったかの“discunion 新宿ルーツ&トラディショナル館”のブログで、このボックス・セットがリリースされた旨を知り、「うん、これは『ブラック・ホーク伝説』に目を通す時にバックで流す音楽としては最適じゃないだろうか。」と思い立ち、急いで買いに行った次第でした。 私は、昔から私が趣味とするような音楽に於いては《ストリングス・アレンジ》ってのがどうも好きになれません。せっかくの素晴らしいメロディーが要らずもがなのストリングスによって台無しになってしまうことがあるからです。ストリングスが入っているために「あっ、こりゃダメだ。好かん。」と思っていた曲が、実はストリングスを外した生の原曲は大変良かった、なんてことがあります。自分は耳がそれ程良く無いので、ストリングスが入っていると原曲の良さを聴き分けられないんですね。 私の中でそのような意味で最も大きな再発見例は、ビートルズの“The Long And Winding Road”です。“Let It Be ... Naked”で聴くことが出来る、フィル・スペクターによる過剰な《ストリングス・アレンジ》を取り去った生の原曲は、ポール・マッカートニーならではの素晴らしい曲でした。私がビートルズの曲の中で最も嫌いだった曲が一転してごく好ましい曲になったのです。《→音のある暮らし2003年12月》 サンディー・デニーもソロ・アルバムでは結構《ストリングス・アレンジ》を加えた曲があって、当時から私としてはその辺がイマイチ乗り切れない部分でした。 つまり、私にとってのサンディー・デニーは、トンプソンやスォブリック、あるいはせいぜいジェリー・ドナヒューまでのバックアップで(もちろんストリングス抜きで)のパフォーマンスが最も望ましいと思っていたのです。 ところが、それはとんでもない思い違いでした。 “Late November”“The Sea Captain”“John The Gun ”“It'll Be A Long Time”“It Suits Me Well”というように、トンプソンのギターや他のソリストたちの卓越したバッキングが印象的だった曲でも、実は彼女の弾き語りの方がさらにインパクトが強い。また、オリジナルではリズムを強調したアレンジが施されていた“Bushes And Briars”や“Sweet Roasmary”のような曲もギター1本の伴奏で歌われる方が明らかにジ〜ンと来る。どの曲もこのような形で歌われることによって、彼女の意味深い歌詩が直接的に心に響いてくるのです。Disc1-9 “It Suits Me Well”の名唱は涙無しには聴けません。 「あのようなバッキングは要らなかったのか?」と、ちょっと複雑な気持ちがしてきます。 さらに嬉しい再発見は、あの要らずもがなの《ストリングス》でスポイルされつくしていた曲々が、見事に原石の輝きを放っていることです。 ところで、こういうレア音源に欲張りは禁物ですが、可能だったらフォザリンゲイのアルバムで私が唯一忘れられない曲“Winter Winds”もこんな形で聴きたかったと思いました。 そして、私にとってこのボックスセットの中でのベストテイクは Disc1-13 の“Solo”です。このパフォーマンスで聴ける彼女の歌声、そして、迫力ある音色のピアノ演奏は、それだけでもこのボックスセットを購入した意味が有るというものです。 私がこの“Solo”に特別に惹かれるのは、この時、彼女が正に《ソロ》で浪々と唱い上げるこの詩の内容と、ブリティッシュ・トラッドと私との関わり方にどこか共通するものがあるからなのかもしれません。私のこの20年間のトラッド人生ってのは、正に一人ぼっちですから…。 I've just gone - Solo, Do you play - Solo, Ain't life a Solo, 1972〜3年当時の日本には、サンディー・デニーのこのような弾き語りスタイルのソロパフォーマンスの音源そのものどころか、彼女がそのようなスタイルでソロ活動をしていたという情報すら伝えられていませんでした。ですから、私はサンディー・デニーの実像を今回この音源を聴いて初めて認識しました。実に35年ぶりに再認識です。 そして、サンディーのこの素晴らしい BBC Live の音源を聴いて強く想うことは「松平さんにぜひともこの音源を聴かせたかった。」ということです。そして、松平さんは何て言うだろう? |