ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第17話(2004/3)

“CEOL SEAN”の復刻楽譜CD

  “The Kilberry Book of Ceol Mor”の前文には18〜19世紀に書かれたピーブロックの楽譜集や文献について解説している部分があります。Angus MacArthur's MS(1971)、Donald MacDonald's Book(1822)、Angus MacKay's Book(1838)、General Thomason's Ceol Mor(1900) などなど…。
 ピーブロック・ソサエティーの楽譜集
The Piobaireachd Society Books)の解説やその他ピーブロックに関する様々な本、あるいは Piping Times のピーブロック関連の記事などを読んでいると、それらの楽譜集や文献の名前に度々出くわすので、その度「一体、それはどんなものなのだろうか?」と思いを巡らせていました。

 それらの中でも最も古いものが、Joseph MacDonald によって 1760年に書かれた“The Compleat Theory of the Scots Highland Bagpipe”ですが、Canntaireachd No.15で紹介したとおり、この本はちょうど1994年に克明な解説付きで復刻出版され、今では誰でもこの貴重な書物を所有することができるようになりました。

 しかし、これ以外の楽譜集や文献については、スコットランドの博物館等に出向いて現物を目にする以外に「それがどんなものであるか?」ということを知る術は無いように思えました。また、たとえそれがかなったとしても、その場で実際にそれらを目の前に並べてひも解き、それぞれの楽譜に目を通してそれぞれのセッテイングの違いなどを実際に確認する、なんてことは夢のまた夢であるように思えました。
 ただ、ごく最近の Piping Times の記事の中で、ピーブロック・ソサエティーでは近々これらの中でも最も有名な
“Angus MaKay's Book”を復刻するというような記事を目にしたので、しばらくは期待を込めてその推移を見守ろうと考えていました。

■ “Bagpipe Music Books on CD” ■

 ところが、ところが、な、なんということでしょう。そんなスコットランド人の悠長なプロジェクトが実現するよりも先に、現代のテクノロジーを使ってこれらの古い楽譜をまとめて蘇らせ、それらを求める人たちにあまねく提供することをビジネスとするアメリカ人が現れたのです。
 それは
“Bagpipe Music Books on CD”をキャッチフレーズとする“CEOL SEAN ”という会社です。Bob Dunsire さんの Bagpipe Web Directory のホームページにスポンサーとして右のバナーが貼付けてありますので、すでにご存知の人も多いでしょう。

 詳細についてはイリノイ州に本拠を置くこの会社のサイトで来歴等を読んで頂きたいと思いますが、かいつまんで書くと、この“CEOL SEAN ”では、メリーランド州にある“The Bagpipe Music Museum”の協力の下、そこにコレクションされている冒頭で触れたような様々な古い楽譜集を PDFファイル(と Word ファイル)にしたものをCDのフォームにして販売しているのです。
 この
“The Bagpipe Music Museum”についてはミュージアムのサイトからリンクしている“The Voice”2000年夏号の記事(PDFファイル)に詳しく紹介されていますが、つまりは Jim Coldren という個人による膨大な数の(主にハイランド・パイプの)楽譜集や文献等のコレクションが収集・整理されているということです。


 今回、私は“CEOL SEAN ”のオンライン・カタログに掲載されている24種類の楽譜集の中から、(当然ですが)ピーブロックの楽譜集5点を購入しました。特に、永年「一目見てみたい!」と憧れていたAngus MacKay's Book(1838)”と、“General Thomason's Ceol Mor(1900)”、そして、Kilberry Book の前文にはその名は出てきませんが、やはりあちこちで引用されることの多い“David Glen's Ancient Piobaireachd (1880)”の3点には特にワクワクさせられました。


 この中で一番古く、かつ有名なAngus MacKay's Book(1838)”は、61曲のピーブロックが載っているだけでなく、それぞれの曲の背景や伝説についての記述、The Highland Society of London のコンペティションの歴史、MacCrimmon やその他の有名なパイパーの家系に関す説などが納められています。
 原本では細かい文字で非常に読みにくいそれらの記述が、全て新たに入力し直されて非常に読みやすく処理されているのも、今回のバージョンのセールスポイントになっています。

 それらの文章は非常に臨場感豊かに生々しく記述されているので、新たに入力された鮮明な文字のPDFファイルでそれらを読んでいると、自分自身が1838年にトリップしてしまって、まるでパイピング雑誌のつい最近のゴシップ記事を読んでいるかのような錯覚に陥ってしまいます。
 例えば、最後の MacCrimmon の一人である John Dubh についての記述では「彼は生涯に2度結婚しているが、最初の結婚では2人の息子と4人の娘を設けた。」「その息子の一人 Malcolm は〜〜の地でまだ生きていると信じられているが、父親の(MacLeod 家に仕える世襲パイパーとしての)役目は継がなかった。」「もう一人の息子 Donald は西インドに渡ったが、帰国の途上で死亡した。」「娘の一人 Mrs. MacKinnon はまだ生きていて、Dunvegan(MacLeod家 の居城のある場所)で女子の学校を運営している。」「John Dubh は60才で2度目の結婚をして5人の子供を設けたが、その内の何人かはまだ生きている。」ってな具合なんですね。


 General C.S. Thomason による“Ceol Mor(1900)”は全 27冊に339曲!(同一曲のバージョンの違いも含む)の楽譜が納められている膨大な楽譜集で、The Piobaireachd Society Books のベースとなったコレクションです。最初の第1冊目は20ページ以上に渡って小さな文字で解説だけが書かれたものなので、それだけでもかなり読みごたえがありそうです。ただし、こちらは当時の印刷ページそのままなので、活字も不鮮明で小さくてかなり疲れそうですが…。


 “David Glen's Ancient Piobaireachd ”は1833年から1978年までおよそ150年の長きに渡って名声を維持し続けたエジンバラの名高いパイプメイカー“Glen”によるもの。
 
“Glen”は、1840年頃から1900年代の初頭まで、パイプメイキングだけでなく、楽譜集や教則本などを数多く出版しています。
 その中でも、1880年に出版されたこの
“David Glen's Ancient Piobaireachd ”は、全7冊に100を超すピーブロックを収録した価値ある楽譜集で、ここに納められているセッティングの方がピーブロック・ソサエティーのセッティングよりも好まれているものも沢山あると言われていて、ピーブロック愛好家にとっては決して見過ごすことの出来ない重要な楽譜集です。
  Historic, Biographic and Legendary Notes to the Tunes by “FIONN”とタイトルされたそれぞれの曲の背景を解説した文章は、「“FIONN”には〜〜こう書いてある。」という具合に、ことあるごとに引用されています。

■ 楽譜も価格破壊? ■

 さて、これらの歴史的にも非常に価値のある、そして、ものによっては多くの分冊になっている楽譜集が、まるのまま各々たった1枚のCDにすっかり納められて、我々のような個人愛好家が容易に手にすることができるということ自体が何とも驚くべきことですが、さらに驚かされるのは、それらの価格が信じられない程に安価であるということです。
 実に何と全27冊の
“General Thomason's Ceol Mor(1900)”も含めてこれら3点ともごく普通の音楽CD1枚の価格とほぼ同じたったの$19.95、つまり日本円にしておよそ2,200円程度なんです!!!!

 115曲余りが収録されたハードカバーの“The Kilberry Book of Ceol Mor”が$43.75なのはまだしも、1冊に12、3曲しか入っていないあのペナペナの“The Piobaireachd Society Books”が1冊当たり$17.50(×全15冊=$262.5)で売られていることを考えると、この“CEOL SEAN ”による復刻楽譜集の価格はCDというデジタル媒体が故に成し得た《奇跡》以外のなにものでもありません。


 それにしても、「印刷・製本のコストが掛かってないからといっても、一体どうしてそんなに安価に供給できるのでしょうか?」

 その理由はどうやら「著作権」にありそうです。
 つまり、これらの楽譜集はすでに「著作権」が失効しているのですね。イギリスの著作権は日本の50年よりも長くて70年だということをどこかで読んだような気がしますが、どちらにしてもこれらの楽譜集の著作権はとっくに失われているのは確かです。
 CDの使用方法を解説したセクションの最後にそのようなことが書いてあります。つまり、
「“CEOL SEAN ”が新たに構成したレイアウトやフォーマット、あるいは新たな文章などについては“CEOL SEAN ”に著作権があるが、オリジナルの譜面自体は誰の許可も無くコピーすることが可能です。」という旨が明記されてるのです。
 オリジナル資料を提供した
“The Bagpipe Music Museum”のJim Coldren 自身も多分殆ど見返りを求めてないのではないでしょうか。

 まあ、多分そんな理由でこれ程にも安価な値段が設定できたのだと想像されます。これらの楽譜集の価値からして、ピーブロック愛好家なら数倍、いや10倍の価格が提示されたとしても多分のどから手を出すでしょうから、あこぎな商売をしようとすればできるとは思うのですが、Jim Coldren にしても“CEOL SEAN ”Steve Scaife にしても非常に良心的な人たちだと思います。同じバグパイプ音楽愛好家同志の心意気、そして連帯感のなせる技なのでしょう。

■ デジタル・データの使い心地は別次元 ■

 それぞれの中身の素晴らしさとその意味の大きさは甚大で、今のところそれらを十分に味わい尽くすまでに到底及んでいませんが、ページをめくり(?)始めて直ぐに実感するのはデジタル・データならではの使い勝手の良さです。これもまた実に感動ものです。

 PDFファイルですから、最新の Adobe Reader を使ってページレイアウトを見ながら閲覧すればどのページにもアクセス自在ですし、もちろん印刷も可。また、それぞれのインデックスページの曲名のリストには譜面や解説文へのリンクが張られているので、別々のファイルに入っている譜面も自動的に開いてくれてダイレクトにそのページに飛んで行きます。もちろん、そこからインデックスページに戻るのも自在。27分冊の C.S. Thomason の楽譜集を前にして求める曲の譜面を探しページを開く手間を思い浮かべるても、とても比較にならない程のイージーさです。
 また、冒頭にも書いたようにファイルは PDFファイルだけでなく、全く同じものが Word ファイルでも収録されています。そして、そちらの方では曲名リストは Exel ファイルで作成されていて、並び替えや検索、抽出等が自在に出来るようになっているのです。

 さらに私は、全ての楽譜CDの内容をそっくりそのまま iBook 本体の一つのフォルダにコピーし、そこへのショートカットをデスクトップに置いているので、例えば iTune であるピーブロックを聴いていてその楽譜を見たいと思ったときに、目的とする譜面を画面に呼び出すまでに、ものの30秒も掛かりません。
 さらに「同じ曲のセッティングが各々の楽譜集でどのように異なっているか?」ってなことを比較しようと思い立ったとしても、それもまた同様にワン・トゥー・スリーと数回
クリックして行けば、全て座ったままで簡単に出来てしまう。う〜ん、何度も書きますが、その使いやすさはまさに感動ものです。


 私は、早速“CEOL SEAN ”Steve Scaife さんにメールをを書いてこの偉業を褒めたたえました。
 また、たまたま、
Bagpipe Web Directory の Piobaireachd に関する Discussion Forum の中で、彼が次のような書き込みをしていたのを見つけたところだったので、

I have an index of Piobaireachd tunes books that I developed as part of Ceol Sean's CD of G.F. Ross' "MacCrimmon and Other Piobaireachd".
The sources include the following:
Piobaireachd Society Books/Kilberry Book/Side Lights on the Kilberry Book of Ceol Mor/Further Side Lights (etc.)/Binneas Is Boreraig/G.F. Ross' "MacCrimmon and Other Piobaireachd"/Angus Mackay's "Ancient Piobaireachd"
It's a very basic index, and simply lists the collections in which the settings are found.
I have in both Excel and Adobe Acrobat format.

ついでにこのリストを送ってくれるように頼みました。もちろん、彼は直ぐに送ってくれましたが、それはそれは実に素晴らしく便利なインデックスです。ダウンロードして皆さんもぜひお手元にどうぞ。Piobaireachd Index(PDFファイル)
 私は直ぐに「あなたはピーブロック・ソサエティーよりもスゴイ!」ってメールでお礼を書き送りました。


 聞く(正確には「読む」)ところによると、現在、ピーブロック・ソサエティーでは10数年ぶりに“The Piobaireachd Society Books”No.16のリリースを予定しているようです。また、既存の楽譜集に納められているそれぞれの曲のセッティングの見直しも作業中とのこと。いずれはこの楽譜集も、順次新しいセッティングのものに更新されていくのでしょうけど、その際にはぜひともこの“CEOL SEAN ”を見習って、CD(デジタルデータ)での供給もして欲しいものです。そして、ついでに“The Kilberry Book of Ceol Mor”なども…。
 といっても、大体、このNo.16のリリースや見直し作業の進捗ってのもあまり期待しないほうがいいでしょう。なんと言ったって、パイプのかおり第14話に書いた通り、
“BINNEAS IS BORERAIG”の第1巻が最初に復刻された後、方針転換して6巻まとめて再リリースされるまでにたっぷり13年もかかっているといお国柄ですから。さらに言えば、“The Piobaireachd Society Books”は最初のNo.1が出たのが1925年で、最後のNo.15がリリースされたのが65年後の1990年という(フ〜…)、本当に気の長い人たちですし…。

■ Piobairechd をより長く楽しむ方法 ■

 これらの古い楽譜集をパラパラ眺めているといろいろと興味深いことに気が付きます。中でも、最大の発見は“David Glen's Ancient Piobaireachd (1880)”で目に付いたある指示です。それは、殆どの曲で Clunluath(クルンルアー)バリエイションに入る前に書かれている“Repeat the Urlar” という指示。

 そうです、このサイトのどこかでも触れていますが(どこだかは忘れた)、以前はピーブロックの演奏において Urlar(ウルラール)は最初と最後だけではなくて曲の途中でもう一度演奏するのがしきたりだったのです。
 しかし、そのような演奏スタイルはただでさえ半端な長さではないピーブロックをさらに長く演奏することになるので、特にコンペティションの場において避けられるようになったと言われています。
 まあ、それはジャッジする側の要求でもありましょうし、また、演奏する側の要求でもあるでしょう。ジャッジする側にしてもその演奏に評価を下すのに、なにもウルラールを3度も聴く必要はないでしょう。また、演奏する側にしても、演奏時間が長くなればなるほどリードのコンディションが変化してぶざまな結果に陥る危険性が高まる訳ですから、できればそんな危険は回避したい。
 まあ、多分そんなかんなで、現在では曲の途中でウルラールを演奏するというスタイルはすっかり廃れてしまった訳です。

 さて、実は私も実際にこのような演奏スタイルが一体いつ頃まで行われていたのか? ということについては、これまで殆ど知識がありませんでした。しかし、今回、1880年にリリースされたこの“David Glen's Ancient Piobaireachd ”に確かに殆どの曲でそのような指示が譜面に記されているのを確認できたことによって、19世紀末当時にはそのような演奏スタイルがまだまだ一般的であったということが確認できました。

 さ〜て、そうなると俄然、そのような演奏スタイルに挑戦してみたくなるのがピーブロックフェチの人情(?)ってもの。実は、そのような意見は例の ボブさんのピーブロック・フォーラムの2003年8月に“Playing the ground during the tune ”というテーマで書き込みがあり、それを読んだことも、この演奏スタイルを試してみる気持ちがさらに高まった理由でした。
 私はコンペティションに参加するのを目的としている訳でも、もっと極論すれば他人に聴かせることを自体を目的としている訳でもなく、
ただただ、純粋に自分自身でピーブロックを演奏することを楽しみ、かつ勝手に自己陶酔することを目的としているのですから、その演奏がどんなに長くなろうとそれは願ったりかなったり。だれにも迷惑は掛かりません。大体、日頃から2曲、3曲と続けて演奏するのもままあることなのですから…。

 …で、早速試してみました。それも、私のレパートリーで最も長い“Lament for the Children”で…。

 う〜ん、強烈!

 先ほどのトピで Alasdair McAndrew さんも書いているように、それなりに盛り上がる Taorluath(ラールアー)の後で一旦ウルラールに戻って平常心を取り戻した後、いきなり Crunluath(クルンルアー)の激しい盛り上がりに入ると、彼が書いているように「尋常ではないパワーと興奮が炸裂する!」といった感じです。
 そして、なによりも長時間の演奏が楽しめるのが最高! なんと、このようにして演奏すると“
Lament for the Children”のトータル演奏時間はおよそ22分!にもなります。


 いや〜、ピーブロックってほ〜んとに楽しいですね〜!(…と、思わず水野晴郎口調になってしまうパイパー森でした。)

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