| ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」 |
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第14話(2003/7) 復刻された“BINNEAS IS BORERAIG”
“BINNEAS IS BORERAIG”というタイトルのこの楽譜集が初めて出版されたのは1959年のことですから、それからまだ僅か40年余りしか経過していない訳で、ジョセフ・マクドナルドの本のように250年も前の本が復刻されたという程にはインパクトは強くはないかもしれません。しかし、ピーブロック愛好家にとって、実際の演奏面でのその価値は、それに勝るとも劣らないものがあります。 ゲ−ル語のタイトル“BINNEAS IS BORERAIG”とは“Melody and Boreraig”という意味だそうです。 実は、この“BINNEAS IS BORERAIG”は1990年に一度、今回と同様にカレッジ・オブ・パイピングにより復刻されかかったことがあります。その時は、まず全6巻だったオリジナルの第1巻だけが復刻されました。引き続いて全ての巻が順次復刻されることになっていたのですが、第2巻以降はいつまでたっても復刻されることなく、そのまま時が経過していました。 久しぶりにこのタイトルの楽譜が出版されるというニュースを見て「第2巻が出るまでに、なんとも時間が掛かったものだな〜」と思っていたら、なんと、今回は全6巻が一冊に合册された体裁で、つまりは仕切り直して復刻されるとのこと。「じゃ、13年前のあの1冊目は何だったんだ?」と不思議に思っていたのですが、新しい復刻版の序文にその理由が書いてありました。 この楽譜集の大きな特徴の一つは、他の多くのピーブロック楽譜集が、ある特定の個人の演奏を表わすものでは無いのに対して、これはあくまでも Malcom R. Macpherson (1907〜1966)という一人のパイパーの演奏を忠実に表したものであるということです。著者である Dr. Roderick Ross は、このパイパーの112曲の演奏を全てテープに録音して採譜していったということです。 そして、ここでさらに重要な事は、このこの Malcom R. Macpherson は単なるこの時代の一人のパイパーというだけでなく、マクリモンの演奏を直系で受け継ぐマクファーソン一族の末裔にあたる人物であること。つまり、この楽譜集は往年のマクリモンの演奏への掛け橋となる重要な役割を果たしているのです。
まず、この楽譜集を何よりも特徴づけているのはその表記法です。なんとその譜面は5線譜ではなく3線譜なのです。 そして、さらに大胆なことに小節を区切る縦のバーも省かれています。 “Once piobireachd got imprisoned in bars that it lost its soul.” 元々、ピーブロックを紙の上で表す事は邪道と言えば邪道。そうかと言って、20紀半ばにもなって紙に書いた楽譜を全て否定するのも時代錯誤なことでもあります。マクリモンの演奏を直系で伝承してきたマクファ−ソンのパイパーとしてのジレンマが、この言葉に全て込められているように思えます。 著者はこの Angus の言葉を尊重して縦のバーを削除。その代わり、通常の2小節分を一つのフレーズとしてまとめて表記するとともに、その長さを常に一定に保って表記するようにしています。つまり、他の楽譜ではごく当たり前に行われるような、一列に収まる小節数を変化させて(つまりは均等割りして)楽譜の左右の列を合わせるようなことはしないのです。ですから、楽譜は列によって凸凹していますが、その代わり、その構造は一目で分かる訳です。 さらにもう一つ、曲の構造を一目で分かり易くするシステムとして「ウルラールは緑、普通のバリエイションは黒、タールアーとクルンルアーは赤」といういう仕分けで譜面を色分けしていることです。想像してみてください、1959年当時にハイランド・パイプの演奏をテープレコーディングしたということもさることながら、このような楽譜がカラー印刷で出版されていたということ自体もスゴイことですよね。古臭いイメージとは裏腹に、実はこの楽譜は当時の最先端の技術を駆使して製作されたと言えるのかもしれませんね。 また、このフレーズ毎の表記というシステムに加え、あるフレーズが前に出て来たフレーズと同じ場合には、“AS ABOVE ”とか、“REPEAT PHRASE 1. ”というような指示が記されていて、繰り返しの並び方などが分かり易くなっています。 これらの様々な工夫により、この“BINNEAS IS BORERAIG”という楽譜はピーブロックの複雑な構造を一目で理解し把握することが容易なシステムになっているのです。 最後にもう一つ、この楽譜の見た目のユニークさということで言えば、以上のような独特の表記の譜面が全て手書きで描かれている、ということも見逃せません。 この復刻版でオリジナルと異なっている点は、6分冊が1冊に合冊されたということの他にもう一つ、とても大きな付加価値が付けられています。それは、それぞれのピーブロックについて情感を込めてその曲を演奏するためには欠かせない、その曲に関する解説が加えられているのです。 右はパイパー森の最近のお気に入りのピーブロック“The Prince's Salute”の譜面と解説の例です。当然ですが、まさか解説にまで色が付いている訳ではありません。黄色は私の引いたマーカーです。ちなみにこの曲の普通の楽譜はこんな感じです。 これまでの私のペースで行くと、これら112曲全部を習得するということは死ぬまでかかっても到底無理そうですが、表紙に素晴らしいパイパーの絵が描かれた(古い絵画らしく、ドローンが2本なのに気付かれましたか?)この奇妙な楽譜集をペラペラめくり、手書き音符の柔らかなタッチとカラフルな色使いの譜面を眺めながら解説に目を通し、それぞれのピーブロックの生まれた場面に想いを馳せているだけで、なんとも充実した時間を過ごす事ができることだけは確かです。 復刻版の序文の後に、オリジナル版の著者 Dr.Roderick Ross によるイントロダクションが収録されていますが、実はここにもなかなか興味深いことが書かれていました。 まずは、ピーブロックの種類について書かれた部分です。パイプのかおり第3話の“The Desperate Battle of the Birds”の説明文の中でふれたように、ピーブロックは大きく分けて、Lament〜、Salute〜、Gathering〜、などに分類できます。 う〜ん、これは全く新しい知識でした。でも、そう言われてみれば、この説明はごくごく自然に納得できるような思いがします。いわゆる Lament のタイトルを冠したピーブロックからはどれも、その大きな悲しみを乗り越えようとする作者の強い意思のようなものを感じる事が多いからです。 もう一つは、The MacCrimmons(マクリモン一族)について書かれた部分。 スカイ島のクラン・マクロードに1480〜1540年にチーフを務めた Alastair Crottach(humpbacked /せむし)という人物がいました。ある時、彼は宿敵であった400人のクラン・マクドナルドの人々を(それは、その土地の全ての人口にあたったということです)彼等の居住地であった Eigg 島のある洞窟で皆殺しにしました。(19世紀初頭にサー・ウォルター・スコットがその場所を訪ねた時には、洞窟の中にはまだ人骨が散乱していたそうです。) マクロードの人々が虐殺を終えて島を後にしようとした時、足が悪くて逃げ遅れたためかえって虐殺を逃れたクラン・マクドナルドの一人の老婆が、マクロードの人々に向けて次のような呪いの言葉を投げかけました。「クラン・マクロードの若きせむしのチーフにかけて、今後、乾いた麦わらが燃える事がある限り、マクロードには幾多のせむしが生まれるだろう。」 “Cruime”というのは「まがった」という意味のゲール語ですが、著者はさまざまな根拠から“MacCrimmon”(ゲ−ル語では“Mac Cruimein”)一族は、この Alastair Crottach の設けた私生児をそのルーツとしていると結論付けられると書いています。 う〜ん、それにしてもピーブロックに関しては次から次へと知らない話が出てくるもんだな〜! なんとも奥の深い音楽なんでしょう。 |
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