ハイランド・パイプに関するお話「パイプのかおり」

第5話(2002/7&2003/3)

シンセティック・チャンター・リード

 とっくの昔にプラスティック製のものに取って代わられているプラクティス・チャンター・リードに続いて、今やケーン・ドロ−ンリード・リードはほぼ全面的にシンセティク・ドローンに置き換えられた感がありますが、はてさてチャンター・リードについてはどうなんでしょう?
 私はこれまで、そんなものが近い内に世に出て来るとは考えてもみませんでした。なぜなら、ハイランド・パイプのチャンター・リードに使われるような腰の強いケーンのリード板を代替えするようなシンセティックな素材(合成樹脂)が存在するとは思えなかったからです。

 ところが、あるんですね〜。世の中にはそんなものが。
 
ある日、 The Universe Of Bagpipes を久しぶりに眺めていて、その名のとおり、合成樹脂製のチャンターリード Clanrye Synthetic Chanter Reed の存在を知ったのです。
 ユニバース・オブ・バグパイプのサイトのこのリードに関する説明によると、このリードが登場したのは1991年だとのことで、つまりもう既に登場から10年以上経過しているのですが、私はこれまでそのことを全く知りませんでした。半年程前にこのサイトを全部見通した時には気が付かなかったので、多分そのときはここではまだ紹介されていなかったのでしょう。

 説明文の中には、私が前回のエッセイで書いたようなケース、つまり「結婚式などで演奏するときに、本番でちゃんと演奏するために寒い室外でウォームアップしていても、肝心の本番では室内の暖かい空気でリードが変調を来して大恥をかく!」ってような、多くのパイパーが遭遇する災難についても、このリードがあれば万事解決する!ってなことが書いてあります。いつも大恥をかき続けてきたあるパイパーはこのリードに出会って嬉し涙を流した、とも…。う〜ん、まるで私のことを言っているのかな?とも思わせる記述。 

 これは、是が非でも手に入れなければなるまいぞ。
 
…てな訳で、発注しようとしたのですが、このリード、まだまだ本場では認知されてないのか、いつものカレッジ・オブ・パイピングでもパイピング・センターでも扱っていない。
 しからばと、
Clanrye Synthetic Chanter Reed で検索し、ヒットした17件のディストリビューターを片っ端からチェックしていきました。チェックする点は「安全、簡単に入手できる」ということ。要はクレジットカード決済が出来ることです。
 なんやかやあって、今回たどり着いたのはなんと北アイルランドの Hughes & MacLeod Ltd.というデュストリビューター。アメリカ製のリードをアイルランドからとりよせるのはどうか?とも思ったのですが…。
 ところが、後日届けられたリードをみたら、なんとこの会社は単なる
デュストリビューターじゃなくて、バグパイプとリードのメーカーで、正にこのチャンター・リードを製作したメーカーそのものでした。つまりはこのリードは北アイルランド製だったわけです。
 
確かにサイト上ではこのリードの特徴と使い方についてやけに詳しく説明されているな〜、とは思ったのですが、リード名とメーカー名との関連が無かったので、まさかこの地味なところがこんな革命的なリードを作った当のメーカーだとは気がつきませんでした。

 リードには easy, medium, hard, の3種類の堅さがあるということなので、一応一つづつ注文してみました。しかし、品物が到着して試し吹きしてみたところ、どれもケーンのリードに比べたら格段に吹き易いのです。どちらかと言うと柔らか過ぎるって感じ。特に最も柔らかい easy は柔らかすぎて音色もチャルメラの様でとても使い物にはなりません。
 使うとすると、medium hard になりますが、それでも音色はやっぱりプラスティッキーな音(こんな表現あるのか?)とでもいいましょうか、特に高い音はデリカシーに欠けます。もう少し、改良の余地有りって感じ。あるいはこれが合成樹脂の限界なのでしょうか?
 どうやら、シンセティック・ドローン・リードとは違って、現在の所は
ケーンのリードに完全に取って代わるというまでにはいきそうにありません。

 ただ、ケ−ンリードとは全く異なった「柔らかいのだけれど極端に裏返ったりはしない」というその吹き易さは、これまでちょっと体験したことのない《異次元の世界》です。
 特に長時間吹き続けた場合でも
全くへたることがなく、最後の最後まで吹き始めたときと全く同じ(圧力に対する)リアクションを示し続けるというのは、ワイジェント・ドロ−ン・リードにも共通するシンセティックな製品の特徴です。
 見方を変えると、その優等生的振る舞いの裏返しに、音量というか音質がケーン・リードのそれに比べて明らかに大人しいと言えます。大人しいという表現があたっているのか? あるいはケ−ン程は破壊的じゃないって言う方が当っているかな。最初から最後までクールに演奏できてしまう。

 ケ−ン・リードだと、いかにも「リードの叫びで空気を引き裂きつつ、吹き倒す〜っ!」って感じで、ピーブロックを1曲演奏し終わるころには「魂があちらへ飛んで行ってしまう〜!」っていうような得も言えぬトランス状態に入る事が往々にしてあるんですけど(単に血中酸素量が減少して、一時的な脳震とう状態になるだけか?)、このリードだと多分そうはなりそうにない。
 私がふいごで演奏するスモールパイプ(最近はスコティッシュのもあるんですが)にどうしても心引かれないのは、やはりその辺にあるのだと思います。やはり、ハイランド・パイプの良さっていうのは身体の底から魂を絞り出すように演奏する行為にあるんじゃないかと思うんですよね。
ケーンのリードには魂が宿っているけど、一方、シンセティック・リードには悲しいかな魂は入っていないといういう感じでしょうか。


 しかし、とにもかくにもその扱いの超イージーさには感心させられます。このリードとシンセティック・ドローン・リードとが一旦ビシッとチューニングされてしまえば、長時間の演奏中はもとより、「しばらく休憩した後におもむろにパイプを取り上げて演奏し始めても、休憩前のままにチューニングが狂っていない!」な〜んて、ケーンのリードでは絶対に考えられないことが起きてしまう。
 バグパイプという楽器を扱う上では「演奏することだけに没頭できる」ってことは、ある意味では革命的なことなんです。

 そこで、私はこのシンセティック・チャンター・リードともう少し極めてみようと思い、新たに5個のリードを注文することにしました。
 どういう事かというと、シンセティク(プラスティック)な素材を使っていながらも、クローズアップで見てみるとリード板の先の方はケーンのものと同じように一つ一つ削って仕上げられているんです。シンサティック・ドローン・リードとは違って要は一つ一つが手作りな訳です。ということは、つまるところは個体によって微妙な音色の違いがあるのではないか? と推測される訳ですね。
 同じようにプラスティックで出来ているプラクティス・チャンター・リードの場合も同様でした。この場合はリード板は薄いプラスティック板で先端部がほんの少しだけ削られている程度の単純な構造なんですが、10個取り寄せると10個全部の音色と吹き易さが違っていたものです。
 より個体差が大きいケーンのリードの場合には最低10個は注文してその中から吹きやすいものを選ぶって感じですが、なんせシンセティック・リードはケーン・リードのほぼ数倍の1個34ポンド(最近のレートでおよそ8000円!)もするので、まあ5個がいいところでしょう。

 ところで、私が現在も使っているプラクティス・チャンター・リードを入手したのは、東京パイピング・ソサエティーに入って間もない頃ですから、既におよそ25年は経過していると思いますが、驚くべきことに経年変化といえるものは全く見られません。つまり、その寿命は殆ど半永久的と言って良い程です。
 しかし、確かにケーン・リードとは比較にならない程に同一の性能を長期間に渡って維持することが可能なシンセティック・チャンター・リードではありますが、さすがにプラクティス・チャンター・リード程の長期間の寿命は望めません。実は私が最初に購入した3本のリードの内、最も音程が適確で最終的に最も愛用していた hard のものは、ある時いきなり音程が狂い始めたのでルーペでリードを点検してみると先端が裂けていました。つまり、サンドペーパーで削られて微細な筋が付いている状態の先端部分の中でも、たまたまちょっと深く削られてしまっている部分から、金属疲労なら合成樹脂疲労によって裂けてしまったのです。
 やはり、プラクティス・チャンター・リードとは桁違いの厳しい振動にさらされるパイプ・チャンター・リードについては、さすがシンセティックな素材でも、それなりの経年変化と限られた寿命は避けられないようですね。


 さて、手元に届いた5個の mediumシンセティック・リードを一つ一つをチャンターに装着して演奏をしてみると微妙な個体差が明らかになり、その内一つがベストのようでした。その個体はピッチも安定していて、最初に購入した medium hard の中間適度の堅さがあるので、少々のことでは裏返りません。かといって hard のものほど辛くは無いし…。
 都合、medium を計6個購入してなんとか一つ理想的なものが見つかったようなので、まあ、一応良しとすることにしましたが、その一方で、「 hard を購入して、自分で少し削り込んで音質&音程と堅さがちょうど良くバランスしたリードを作り出すという方が良かったかな?」と思い至りました。

 そこで、 その後さらに hard のものを3つ購入。とりあえずその内一つに少しだけ紙ヤスリを当てて微妙に堅さを調整し、音質&音程と堅さが上手い具合にバランスしたリードを実現しました。音程的にも音質的にも、やはり hard 以外は今一つというシンセティック・チャンター・リードの現在の状況下では、どうやらこの方法が最もお薦めのようです。

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