パイパー森の音のある暮らし《2006年10月》
2006/10/21
(土)

《音環境》は心の有り様?

 パイパー森の音楽人生に於ける大事なキーパーソンの一人である松平稚秋さんが亡くなってから、この10月15日で7年目を迎えました。
 パイパー森はかねてから、小田原にある松平さんの墓前で鎮魂の演奏を捧げることを思い描いていました。しかし、実際にはその思いはなかなか果たすことが出来ないまま、いたずらに数年間が経過してしまいました。

 しかし、とうとう先日、今年の命日から数日経った19日の木曜日に休みを取り、長年の思いを果たしてきました。


 小田原の市街地郊外の山を切り開いて作られたその霊園に続く、鬱蒼とした針葉樹の林を抜けるつづら折りの急坂を登りながら「いや〜、こりゃ、いかにも松平さんらしい場所に居を構えているな〜」と痛感。たどり着いた松平家のお墓は、眼下に小田原の街と太平洋が見渡せる素晴らしいロケイションに位置していました。

 松平さんに「いや〜、すんません、長い間待たせちゃて…」とあやまりつつ、墓前で、“Lament for the Children”を演奏。目をつむって淡々と演奏しながら、頭の中では松平さんと最初に出会った当時からのさまざまなシチュエーションが走馬灯の様に巡りました。

 心を込めてこの19分間のラメントを演奏した後、一息ついてから、松平さんが特に好きだった軽快なマーチ、亡くなる直前にホスピスで最後のお別れをした際にも演奏した、アルビオン・カントリー・バンドでお馴染みの“The Battle of the Somme”を演奏しました。思ったとおり、えらく喜んでくれたようで、例によってリズムを取るために「ボールペン貸して」って言う様な声が聞こえた様な…。


 今回は、お墓に眠る松平さんに敬意を表して、いつものようなピーブロック・ウォークではなくて、墓石に向き合って直立不動で演奏したのですが、その演奏の際にちょっと意外だったのが、いつもとはちょっと異なった音の響きでした。

 狭い室内で聴こうものなら、その暴力的な高音域の音量に誰もが辟易してしまうハイランド・パイプですが、本来の演奏場所である開けた野原の様な場所で演奏すれば、パイプから発せられた音は、大空に向かって広く拡散しつつ足下の地面や草などに柔らかく反射して、心地よい音色となります。

 一方、同じ屋外でも木々が密に立て込んだ森の中のような場所では、音が周囲の木々に吸収され過ぎてしまって、何となく迫力が無く物足りなく感じられるというのが《音環境》の不思議なところ。

 そのような中で、パイパー森が特にお気に入りの場所は、川辺や湖畔などといった「前面に水面のある」演奏スポット。そのような場所では、チャンターから発せられた音色が、水面に反射して遠くまで伸びやかに響くので、実に爽快な気分に浸ることが出来ます。

 こういったちょっとした《音環境》の違いは、自分自身の演奏するパイプの音にまみれているパイパー自身には余り関係無いのでないかと思われるかも知れませんが、その実、大変大きな違いがあります。《音》というモノの不思議な振る舞いなんですね。


 さて、今回、松平さんの墓石に至近距離で対面して演奏していて感じたのは、周りが開けていて適当に木々が点在しているにも関わらず、その音色が想像以上に大きく響いたことです。

 実は、今回私はいつも室内の狭いクローゼットの中で練習するときに使っている柔らかいリードではなくて、もう一段堅いリードを装着して演奏をし始めました。初め、音が大きく響くのはそのせいかな?と思わなくもありませんでした。ところが、ここ数日間演奏していなかったため堅いリードではやはり苦しくなってしまったので、途中でいつもの練習用の柔らかいリードに取り替えたのですが、音の響きはさほど変わりませんでした。

 程なく、その理由に思い当たりました。

 つまり、チャンターから発せられた音波が目前にある磨き挙げられた墓石の表面に反射して、演奏者の方に戻って来ているため、いつも野外で演奏する時以上に音の響きが大きかった、と思われるのです。

 松平家の墓石は、一般的な四角柱のものではなく、最近多くなっている横に広い平面的なものだということも、このことをさらに強調しているようでしょう。ただ、お墓というのは墓石本体だけでなく台座なども全て磨き挙げられた石で出来ている訳ですから、結果として敷かれた玉砂利も含めてあらゆる石の表面で音が反射していると思われます。

 パイパー森が以前よく演奏していた野外ステージも、板張りのデッキと周囲のログハウスの壁のお陰で、野外にしては響きが良くて気に入っていたのですが、そのような木質系の面の反射とは違って、質量のある石面の響き方は、たとえ反射面の絶対的な面積がごく小さくても、まったく別物なんだということを実感しました。

 また、閉鎖された空間と違って、一旦反射された音はそのまま空に抜けて行くということで、乱反射による音のぶつかり合いも発生しないので、程よい心地良さが得られるのではないでしょうか。
  パイプから直接発せられる音と、墓石に反射する音が相まって、私の周りに音のバリヤーがはり巡らされて、言うなれば《セルフ・サラウンド・システム》といった風情。

 丘を吹き上がってくる太平洋からの涼しい海風を背中に受けて「確かに野外に居る」事を否が応でも実感させられつつ、音のカプセルの中に抱かれて外界からプロテクトされているという安心感に満たされた中で、完璧に演奏に没頭することができました。意外な場所で思いがけなく心地良い音環境を発見した瞬間でした。

 でも、実のところあの場での演奏がなによりも心地良かった理由は、敬愛する人生の先輩の「魂との一体感」から来るものだったのかもしれません。
 《音環境》の善し悪しという事は、突き詰めて考えれば単に物理的なものだけでなく、その時その場に於ける 奏者自身の心の有り様 が大きく作用するという、ある意味では逆説的かつ単純な真理に気付かされた次第です。


 2001年宇宙の旅”に出て来る、あの)“モノリス”の前でハイランド・パイプを演奏したら、多分こんな敬虔な気持ちになれるんじゃないだろうか?」と、ちょっと異次元的な妄想に耽りつつ、長年の思いを果たした満足感に満たされながら、湘南の海辺の道路をドライブして家路につきました。

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