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パイパー森の音のある暮らし《2005年7月》
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2005/7/3
(日) 神様、ジェフ・ベック |
ジェフ・ベック(Jeff Beck)のライブに行ってきました。 セルフインタビューにも書いたとおり、ペンタングルとの出会いをきっかけに 、ロック少年だったパイパー森はブリティッシュ・トラッドの深い森の中に迷い込んでしまいました。そのため、1970年代初頭の本場のロックバンドの来日ラッシュからは早々にドロップアウトしてしまったので、1973年の BBA のライブには行っていません。さらに正直に言うと、これまでジェフ・ベックの音楽を真剣に聴き込んだこともありませんでした。 2人とも1940代半ば生まれですから、その当時共に50代半ばのはず、「演奏もそれなりなんだろうな〜」と決めつけて、ノスタルジアは感じつつもそれ程強い思い入れを持って放映に見入った訳ではありませんでした。 ところがどうでしょう、ジェフ・ベックは全く違いました。 それにもまして何よりも驚いたのは、その時の演奏でした。それは紛れも無くギンギンのインストゥルメンタル・ロック。ジェフの他にMIDIギター、ベース、ドラムというタイトな4人編成のバンドの繰り出すヘビーなサウンドは、「枯れた」とか「レイドバックした」とか「丸くなった」とかいう言葉とは正反対に「ロック魂」溢れた熱い演奏なのです。 とにもかくにも、この映像の衝撃は、当時45才だったパイパー森の人生観にとてつもなく大きな影響を与えました。大げさではなくて、その後の中年〜壮年としての生き様を変える契機になりました。 つまり、「そうか、たとえ50才を越したからっていって、当たり前のように老け込むことはないんだ。ジェフ・ベックのように、いつまでもロックンロールしているっていうのは、なんてカッコイイんだろう〜!」と…。 この場合の「老け込む」という言葉には「歳相応に…」「大人びる」「落ち着く」「枯れる」「渋い」「地味に」といった抽象的な概念、そして、具体的には「リラックスジーンズを履く」「スラックスは必ずツータック」「スニーカーは履かない」等々といった様な意味を含んでいます。 そこで、ジェフを見習ってロック中年として自分に正直に生きる事にした私が最初にやったことは、ワードローブに有ったモロにオヤジ臭いストーン・ウォッシュ仕上げでダブダブのリラックス・ジーンズを捨て、その替わりにウォッシュ・アウトしていないクラシカルなインディゴブルーのストレート・ジーンズを購入する事でした。そして、細身のジーンズに足を通しジッパーで股間をギシギシギシと締め上げ、ジーンズが腰回りにピタッとフィットする感触を久しぶりに味わい、「やっぱり、ジーンズはこうでなくっちゃ。」と一人悦に入りました。 さて、そんな風にパイパー森が中年としての生き様を変えてから数年が経過、自身が50才をとうとう越えてしまった今年、当のジェフ・ベックが5年ぶりにジャパン・ツアーを行うと言うニュースが入ってきました。 しかし、人生の手本とする神様を拝みに行くというのに、当の神様の音楽をロクに聴いた事が無いというのではこりゃヤバイと思い、近くのレンタルビデオ店で神様のCDを借りまくってきました。 余談ですが、 借りてきた中に '73 BBA 来日時に大阪フェスティバル・ホールで録音された“Beck, Bogert & Appice Live”(2枚組)もあったのですが、これはスゴイ! さて、ライブ当日、ここ数年のジェフ・ベックの東京でのライブ会場として定着している5000人収容の「東京国際フォーラム/Aホール」に詰めかけたのは、凄まじい数の私ら夫婦と同世代の「元ロック少年&ロック少女、今ロック中年&壮年」たち。その雰囲気は一言で言うと正に「同窓会」のノリでした。 肝心のライブはどうだったかって? コメントするまでも無いでしょう。 特に、今回のライブでは、テレビで観た1999年のライブの時よりも、スローなギター・バラードが数多く演奏されて、スロー・エアー好みのパイパー森としては大変満足でした。 最後に、非常に印象的だったのは、2度目のアンコールの際、1曲目が終わったところで、キーボードを除いた他のメンバーがステージから去り、ジェフがキーボードの静かな伴奏だけを従えて、心に染み入るような深い情感を込めて、スタンダード・ナンバー“Over the Rainbow”を聴かせてくれたことです。このライブの締めくくりとしてジェフが選んだ余りにもカッコ良すぎる演奏でした。 そして、この演奏はパイパー森に、あの、Boys of the Lough が1984年の初来日公演の際、アンコールでリールを怒濤の様に演奏した最後の最後を、スロー・エアー“For Ireland, I'd Not Tell Her Name”で締めくくった印象的なライブの夜を思い起こさせました。 案の定、心に染み入るギター・バラードを弾き終えて静かにステージを去ったジェフは、聴衆の盛大な拍手に押されるように再びバンドメンバーと一緒にステージに登場、バンド全員でパワフルなロックナンバーを1曲演奏してライブはお開きになりました。 還暦を超えた今も、30数年前と全く変わらぬロック魂に溢れたジェフ・ベック様のお姿を生で拝見させて頂いたパイパー森は、これからの自分のロック中年〜壮年としての生き方について改めて自信を深めた次第です。 |
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パイパー森は、この春に職場が変わり、自家用車通勤から電車通勤に変わりました。当然、iPod のアウトプットは車のオーディオに繋げるのではなくて、イヤーフォンにして電車の中で好きな音楽を聴きながら通勤しています。
メニューとしては、今や639テイク、98時間分!にも膨れ上がって、なおかつ刻々と増え続けるパイパー森のピーブロック・コレクションをランダムに流すことが最も多いのですが、その他にもいくつかのお気に入りプレイリストを作っておいて気分によって使い分けたり、その日の気分で即席プレイリストを作ったりします。 お気に入りプレイリストでは、最近入手したピーブロックの音源だけをピックアップしたものや、フィル・カニンガムのスロー・エアーだけ22曲を集めた1時間40分余りのものなど、また、ちょっと変わったところでは、レッド・ツェッペリンの超有名ブート“Listen to this Eddie”の中の“No Quarter”1曲だけってのもあります。これは、この1曲だけで31分あるので、それだけで聴きごたえたっぷりなバージョンなのです。そして、つい最近加わったのがジェフ・ベックの15枚のCD160曲程の中からギター・バラードだけ16曲、約1時間分を抜き出したものです。 さて、家を出てから職場の最寄りの駅に着くまでの時間は僅か40分程なので、音楽を聴く時間としてこれでは少々物足りなく感じられます。長いプレイリストになると、とても全部は聴き通せません。 パイパー森は気が小さいので職場にはかなり余裕をもって到着するようなタイムスケジュールで通勤していますが、最近は駅に着いても職場には直行せずに駅前のタリーズ・コーヒーに寄り道して、コーヒーを片手に野外テーブル席でまったりとした時間を過ごす快感を覚えてしまいました。 早い電車に乗れて長く時間が取れる時にはこの「まったりタイム」は30分近くにもなり、「さ〜、バリバリ仕事するぞ〜!」という気分が高まります。 ところで、古今の様々な人々のパイピングに関する名言&迷言を引用したこの本を読む時に適したバックグラウンド・ミュージックというのは実はピーブロックではありません。自分が演奏する音楽であるピーブロックを流しているとついつい聴き込んでしまうので、字面を追いかける際にはあまり適当ではないのです。 朝の「まったりタイム」に、目ではパイピングに関する名言&迷言を追いかけながら、頭の中ではギンギンのロックが流れているなんて、いかにもピブロッカー・パイパー森らしい過ごし方だと思いませんか? |
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| いつもの山荘に来ています。 着いた当日早速、例によって例の場所でパイプを吹きましょう、といそいそと My Dunfion Pipes を抱えて出掛けて行くと… が〜ん! …な、なんと、大きなトラックやらブルドーザーやらコンクリートミキサー車など、沢山の工事車両が入っている。 現場に立てられた看板から察するとどうやら野外教育施設らしい。現場監督らしい人に尋ねてみたけれど要領を得ないので、山荘に戻り看板の表示にあった「蓼科・八ヶ岳国際自然学校」をインターネットで検索してみると、このHPがヒット。 う〜ん、どうやらこの自然学校の拠点として整備しているらしい。工事の様子からすると、麓のリゾート・マンションが放棄してから15年近く放置されていたログハウスのコテッジ群もリフォームして使うつもりらしい。一番大きなログ・コテッジに付属している例のウッドデッキも何やら改修作業に取りかかっている様子。 …ってな訳で、パイパー森がここ数年、専用の演奏ステージとして勝手に出入りしていた場所はあっけなく、使えなくなってしまったのです。 仕方が無いので、切り替えの早いパイパー森は国道をさらに上ったある場所を新しい演奏拠点とすることにしました。 ここは、道沿いに車を止める所が殆ど無いこの国道沿いとしては珍しく十分な駐車スペースがある場所です。 ただし、この場所の最大の難点はそこが標高1900mに位置している!ということです。(国道沿いに建てられている標高を示す標識が、ちょうど駐車スペースの入り口に建っているのでそれと分かるのです) 古(いにしえ)のケルト民族がたどったのと同様に、少数民族たるパイパーが僻地へ僻地へと追いやられるのは世の常なり。 |
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| 山荘で日々、今回は読み物がてんこ盛りの中、とりあえず取り掛かったのは、ピブロック・ソサエティーの年報でした。 最初に手にした2003年版は、この年がピブロック・ソサエティー設立100周年に当たるからか、選りすぐりで非常に中身の濃い講演内容なので非常に楽しめました。5つのセッションのタイトルについてはここ(リストの下の方)を参照して下さい。 最初は、Kilberry Book of Ceol Mor の編集者である、Archbald Campbell of Kilberry に関する講演。 そして、続いてあの Roderick Cannon が膨大な時間を費やして研究・分析した General Thomason の編纂した楽譜集“Ceol Mor”に関する講演。 さて、この2つの大作レポ−トを読み終えた後、手にしたのは現在の最新の2004年版。ところが、この年もまた先ほどのソサエティーのサイトでセッションのタイトルを見て頂けるとおり、なかなか興味深い講演が盛りだくさんでした。 中でも特に掛け値なしに目から鱗状態だったのは、セッション3の“The Bells of Perth”に関する講演でした。このピーブロックは Perth の St. John the Baptist 教会の「Bells=鐘」を聞いたパイパーが、その鐘の音からインスパイアーされて作曲したと言われています。作者は Patrick Og MacCrimmon の直弟子であった John MacIntyre とされています。 ここで言うところの「Bells=鐘」というのは、単なる単音の鐘ではなくて、Carillon (カリヨン)の事。カリヨンというものがどんなものかは、このサイトやこのサイトを読んで頂きたいと思います。 そして、今回の講演は、なんとまさに当のSt. John the Baptist 教会の Carillon 奏者(Carillonneur という)による講演なのです。 う〜ん、なんとも盛りだくさんな2003年版、2004年版の2冊のピブロック・ソサエティーの年報で、「パイプのかおり」をネタが少なくとも3回分できました。ただ、後は文章にするのみ。あ〜、これが大変なのだ。 |
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