パイパー森の音のある暮らし《2005年3月》
2005/3/5
(土)

ピーブロックはロックだ!

 1954年生まれのパイパー森は、ロック・ミュージックが最も輝いていた1960年代後半〜1970年代にティーンエイジを過ごした、生粋のロックンロール世代。ロックは私の音楽人生だけでなく、生き方そのものを規定してきたテーゼだと言えます。

 私がそもそもハイランド・パイプのソロで演奏するピーブロックという音楽を好むのは、大気を切り裂くチャンターの一音一音に、マーシャル・アンプから放たれるエリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベック、ジミ・ヘンドリックスといったロック・ギタリストたちが繰り出すエレクトリック・ギターの鋭い音色を、そして、身体に染み入る重低音のドローン・ノートには、ジャック・ブルース、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジャック・キャサディー、ティム・ボガートといった、辣腕のベーシストたちの地をも揺るがすベースノートをイメージしつつ、ウルラールのメロディーを徐々に変化させて、クルンルアー・マッハの頂点でクライマックスを迎えるというピーブロックのその音楽様式に、「テーマ〜インプロヴィゼーションの展開」というロックの基本様式のイメージを重ねているからなのです。

 言い換えれば、私にとってハイランド・パイプによるピーブロック演奏は、他の楽器では到底不可能だと思われる「ロックンロールの醍醐味をワンマンで味わってしまう」という行為に他ならないのです。

2005/3/6
(日)

ロック中年のカミングアウト

 齢50才を迎えようとする私と同世代のロック中年たちは、たとえ心の奥底でメラメラと燃えるロック魂を持ち続けていたとしても、日常生活に於いては、成熟した社会人として、夫として妻として、またある時は父として母として、大人に相応しい分別ある振る舞いを期待され、そして、当人たちも当然のようにそのように振舞ってきました。

 しかし、最近になって、このようなロック中年たちが堂々とカミングアウトしてきたり、社会のあちこちの場でイニシアティブを握る様になってきたのだな〜、と実感させられる例が増えてきた様に思えます。

 そのような例として、つい最近、とても偶然とは思えないタイミングでロック関係の雑誌のリリースが重なりました。
 その内二つは奇しくも同日、2月25日にリリースされた“月刊プレイボーイ”の総力特集「3大ギタリストの生き方」(集英社)と、アエラ臨時増刊“AERA in Rock / 再びの、ロック”(朝日新聞社)です。そして、その4日後の3月1日には今後1年半に渡って毎月2回発行、のべ30号まで発行されるという“Rock in Golden Age / ロック栄光の50年”(講談社)の創刊号がリリースされました。

 パイパー森はとりあえず全てをゲット。若かりし日々の思いに浸りながらページをめくって楽しみました。

 中でも一番楽しめた記事が、“AERA in Rock / 再びの、ロック”の中程にあった「ロックの呪が解けない人々〜大調査」です。副題の「ロック世代のエクゼが語った」にあるとおり、政財官学のお堅い分野の「ロック通」たちのアルバムベスト5とそのコメントを載せたページ。
 ベスト5全てがドアーズというドアーズフリークな官僚、ミュージシャンになることを真剣に夢見ていた会社役員やら政治家、「ロックは生活の点滴。一生《ロッカー》でいたい」と熱く語る証券会社社長、そして「プログレ命!」の大学教授など、「えっ、こんな人が?」と思わせられながら、メラメラ燃えるロック魂を持った同世代のコメントに「お〜、お〜、そうか、そうか」と頷く思いで、大いに楽しめました。


 一方で、ある大学教授がベスト1に、他の人が選んだアルバムとはかなり異質でマイナーな、ペンタングル“クルエル・シスター”を選んでいたのには正直驚いてしまいました。
 同時に、私の音楽人生で最大の転機をもたらしたこのアルバム、そして、私にとって同一のアルバムを繰り返し聴くという行為で言えば、間違いなくこれが一番だと言えるこのアルバムが、見ず知らずの他の人にとっても、大きな意味を持っていたということを知って思わず笑みがこぼれました。

2005/3/13
(日)

Jack Orion はピーブロックだった

 何事もそうですが、まさにその渦中にいると、そのもの実態は見え難いのが世の真理。時間的(あるいは物理的)な距離を置いてみて、初めて見えてくるということはよくあることです。
 そこで、例の大学教授のベスト1に名前が出て来たことに触発されて、ペンタングルのアルバム“クルエル・シスター(Cruel Sister)”が、私の音楽人生の中で果たした意味について、このアルバムとの出会いから35年間以上の時を経た現時点で改めて考察してみました。

 ペンタングル(Pentangle)というグループは、今振り返ってみてもフォーク界、ロック界通じて、真に空前絶後、他には全く類を見ない本当にユニークなグループでした。
 当時すでにソロやディオでの活動を通じて、アコースティック・ギターの名手としてイギリス中に名を馳せていたバート・ヤンシュジョン・レンボーンのパワフルなツイン・ギターが繰り出すメロディーに加えて、腕達者なリズムセクションと女性シンガーの澄み切った美声が加わった5人組(だから“Pentangle”っていう訳)として、そのユニークなサウンドを看板に1968年にセンセーショナルなデビューを飾り、一躍人気グループになったのでした。

 アコースティック楽器のグループとはいえ、フォーク・ブルースをベースにとしたそのサウンドは、ある意味ではロック・ミュージックのもつパッションに溢れたものと言え、アルバム・ライナーノートにはその当時、彼等がロック・ムーブメントの中でどんなに人気を博してたかが克明に記されています。
 デビュー翌年の1969年8月にはウッドストックと並ぶ巨大野外イベントとして有名なワイト島・ミュージック・フェスティバルに出演してボブ・ディラン、ザ・フー、キング・クリムゾン、フリーなどと共演(ちなみに、ウッドストックを超える60万人が集まり、ジミ・ヘンドリックスの最後の演奏が聴けることでも有名なのは翌1970年のフェスティバル。)、9月から1ヶ月間は北欧各地を巡るスカンジナビア公演、そして、その後に開始された2ヶ月間のイギリス国内公演は、その10ヶ月前(1968/11/26)に伝説的なクリームの解散コンサートの会場となった、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホールで初日を迎えています。

 ペンタングル結成の前から、バート&ジョンのギタースタイルは当時の多くのミュージシャンに多大な影響を与えたことはよく知られている事ですが、その一人がレッド・ツェッペリンジミー・ペイジで、バートの奏法やチューニング、そして、レパートリー面で多大な影響(パクリも含めて)受けているのは有名な話です。
 また、ペンタングルとしてデビューする前のバート・ヤンシュと同じアパートに住んでいたという関係で、彼のレパートリーであったあるイギリス民謡を自分のレパートリーに取り入れて世界的にヒットさせたのは、サイモン&ガーファンクルポール・サイモン。そして、その曲というのは、“スカボロー・フェア”だというのも、この世界では有名な逸話です。

 また、今回このライナーノートを読み返してみて興味深いと思ったのは、ペンタングルの音楽が、当時隆盛を誇っていたはずのプログレッシブ・ロックが陥っていた「楽器の音そのものの単純美を失ってしまった事」の対極に位置している事に対して当時高く評価されていたということでした。


 “Cruel Sister”はそんな彼等が1970年にリリースした4枚目のアルバムです。ブリティッテュ・トラッドをベースにジャズやブルースを織り交ぜた幅広い音楽性で、オリジナル曲や他のジャズ・ミュージシャンやフォーク歌手のカバー曲まで幅広く手掛ける彼等にしては、全編トラッドというこのアルバムは、実はかなり異色のアルバムなのですが、幸か不幸か私はそのようなアルバムと最初に出会ってしまったのでした。
 セルフインタビューに書いたとおり、私はラジオから流れて来たこのアルバムの中のジャッキー・マクシーによる無伴奏シンギングを聴いて彼等の、そして、ブリティシュ・トラッドの虜になってしまった訳ですが、トラッドの世界ではごく当たり前であるこの無伴奏シンギングというスタイルも、実は彼等の6枚のアルバム(解散前)では僅か2回程しか取り上げられていないのです。

 全編5曲が全てトラッド曲ですが、その内2曲は特に正統的なマーダー・バラッド。1曲はタイトル曲の“Cruel Sister”で、“Two Sisters”などというタイトルでも知られています。そして、もう1曲が、アルバムのB面一面を占めている“Jack Orion”という曲です。


 4行詩×26連からなる長大なバラッド(といっても、正統的なバラッドの世界ではごく普通の長さですが…)に、アコギ、エレキ・ギター、ベース、ドラム、パーカッション、リコーダーなどを駆使して現代的なアレンジの伴奏を加えつつも、基本的には伝統的なシンギングに載せて淡々と物語が進行します。
 そして、物語が節目を迎える23連目が終わったところで一旦歌は休んで、ジョンのエレキギターを中心にしたインストゥルメンタルなインプロビゼーションが展開されます。
 最初は静かに始まったこのインプロも徐々に徐々に盛り上がり、歪んだギターの叫び(といっても他のロックバンドに比べたら至ってクールな演奏ですが…)でクライマックスを迎えて終わると、再び静かなシンギングで締めくくりの3連が歌われ、この長大なバラッドもいよいよエンディングを迎えます。
 ちなみに、バラッドでよくあるパターンですが最後には登場人物3人全員が命を落とします。

 さて、元々長いバラッドに要所要所の間奏と例のインプビゼイションを加えたこの曲の演奏時間はなんと18分にも及び、奇しくも私の最も好きなあの Gavin Stoddart の演奏になる“Lament for Children”の演奏時間とほぼ同じ長さになります。

 そして、今にして思えば、16才の頃の私がハマっていたペンタングルによるこの“Jack Orion”の演奏形式、つまり、「テーマを淡々と演奏、徐々にバリエイションを複雑化、バリエイションがクライマックスに到達した後に再びテーマに戻って終わる」という音楽様式は、な〜んのことはない、ピーブロックそのものじゃないですか。
 
つまり、まさにパイパー森の音楽志向は文字どおり「三つ子の魂百まで」ということだったんですね。


 蛇足ですが、同時期のロック・ミュージックの中で1曲でLPレコード片面を占める様な長大な曲としては、ピンク・フロイド“原子心母/Atom Heart Mother”、そして、グレイトフル・デット“Live Dead”に収められていた“Dark Star”という曲があり、両方とも私のフェイバリット・チューンでした。

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