パイパー森の音のある暮らし《2003年12月》
2003/12/12
(金)

Concert for George

 ジョージ・ハリスンの一周忌にあたる2002年11月29日に、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで催されたトリビュート・コンサートのDVDが、このコンサートのほぼ一年後にあたる先月末にリリースされました。

 エリック・クラプトン率いるトリビュート・バンドに、リンゴ・スターやポール・マッカートニーを始めとする、ジョージゆかりの様々なミュージッシャンが参加したトリビュート演奏は、ジョージの曲の素晴らしさも相まってそれはそれは感動的で素晴らしいコンサートでした。そして、リハーサルから通して終止和やかな雰囲気に満ちているその様子は、求心力となったジョージの人柄を偲ばせるものです。ジョンやポールではあのような雰囲気にはなり得ないでしょう。
 また、ほぼ全曲にギターで参加しているジョージの一人息子であるダーニ・ハリスンが、その風貌だけではなく、何気ない仕草やかもしだされる雰囲気までもがまるでジョージに生き写しであることに驚くとと同時に、何か胸にジーンと来るものを感じました。

 ジョージが好きだったというモンティ・パイソンのステージも大いに笑えるとともに、テレビで見ていた70代当時を思い出して、とても懐かしくなりました。


 でも、何と言っても私がこのDVDで最も楽しめたのは、前半のインド音楽のセクションでした。

 1820年生まれということですからすでに80才を超しているはずのラヴィ・シャンカールのかくしゃくとした姿を見るのも驚きでしたが、なによりもラヴィが、この日のために特別に紡ぎ出した曲(インド音楽の場合、《作曲》という言葉は適当ではないようです。)を、様々な民族楽器を駆使する多人数のインド人の楽団が演奏する「アルパン」という曲はとても印象的でした。
 東西融合と称して、クラシックの演奏者数人がところどころで加わるため、全体の調和をとるために、アヌーシュカ・シャンカールというラヴィの娘さんが指揮を取るのですが、それがものすごくカッコいい。西洋音楽と違って単純なリズムではなく変拍子だらけのインド音楽の指揮なので、その手さばき、体さばき(?)が実に見ものなのです。

 まあ、当の西洋の楽器ってのはホンの付け足し程度で単なる話題づくりって感じですが…。なによりもインド人の楽師たちが空で覚えて恍惚と演奏している横で、楽譜と首っ引きで引きつった顔をしてバイオリンやチェロを演奏している姿を見ると、《音楽=音を楽しむ》ってことの本質が対照的に明らかにされているようで、西洋人のその姿には哀れさを感じてしまいます。

 曲のエンディングではエリック・クラプトンがアコースティック・ギターで短いインプロヴィゼーションを演奏しますが、インド人の楽師たちの多彩な楽器から繰り出される、創造力に富み自由奔放で変幻自在にリズムを変化させながら、さらに要所要所でコブシを効かせた、飛び抜けて卓越した演奏を「これでもか〜ッ!」っていう程に見せつけられた後では、ありきたりなアコースティック・ギターの音色と、創造性のかけらも感じられないその陳腐な演奏はなんだかとても薄っぺらく聴こえました。このコンサートの総合プロデューサー役であるクラプトンに花を持たせる仕掛けだったのでしょうが、皮肉なことにも結果的にはその両者の音楽の持つ魅力の圧倒的な差を見せつけられたという感じでした。(バート・ヤンシュやリチャード・トンプソン、あるいはジミー・ペイジならば、もうちょっとましなインプロができただろうとは思いますが…。)


 でも、さらに言ってしまうと、実は私が最も感じ入ったのは、楽団によるこの壮大な曲の前に行われた、アヌーシュカ・シャンカールのシタール・ソロ(もちろん、タブラとタンプーラの伴奏は付きます)による「ユア・アイズ」という曲でした。

 私はその昔(60〜70年代)、テレビでラヴィ・シャンカールの演奏を観たり、小泉さんの「世界の民族音楽」で度々インド音楽を聴いていた訳ですが、先月、本物のシタールの演奏を真近に観てきたことが私のある種の脳内物質に火を付けてしまったようで、今回のこのシタールの演奏には完全に魂を奪われてしまいました。「う〜ん、やっぱり、シタールってスゴイ!」って感じ。

 それも、私にとっては初めて見る女性シタール奏者ってのもグッとくるものがありました。それも、このアヌーシュカって女性は典型的なインド的目鼻立ちくっきりの純粋アーリア系美女!なんです。

 ラヴィ・シャンカールが今も生きていたことすら知らなかった私は、当然ですがこのアヌーシュカについても全く知らなかった訳で、最初は「《美人&親の七光り》で出てきてるんだろうな?」位にしか思ってなかったのですが、ネットで検索してみると、なんと、まだ20才をやっと越した年齢とは言え、13才からステージに立って(座って?)いるということでなかなかどうしてすでに一流のシタール奏者だそうな。ソロアルバムだけでなく、カーネギー・ホールでラヴィと共演したアルバムもリリースされていたり、2001年にはなんと日本でもコンサートが開催されていたようですね。

 それにしても、「齢80を超すラヴィに、20才の娘が居る!」ってことも驚きですよね。


 …で、何事についても直感的な印象に従う私は、早速、ネットでラヴィ・シャンカールのCDを3枚とくだんのラヴィ&アヌーシュカによるカーネギー・ホール・ライブのCDを注文してしまいました。

 実は、先日来、インド音楽愛好家のサイトでいくつかの推薦盤を見繕っていたのですが、そこにはラヴィ・シャンカールなど名の知れ過ぎた人は登場せず、どのアルバムもかなり玄人向けのような雰囲気が濃厚だったので、今ひとつ絞り込めなかったのでした。

 結局、初心に戻って、30年来のお馴染みであるラヴィ・シャンカールの音楽を、でも、私としては生まれて初めて真剣に聴いてみることにした訳です。

2003/12/13

Let It Be... Naked

 ビートルズのラスト(にリリースされた)アルバム「レット・イット・ビー」から、当時プロデューサーであったフィル・スペクターが手を加えていた部分を取り除き、オリジナルの演奏に忠実に再現した、というのふれこみなのが11月にリリースされたこの「レット・イット・ビー...ネイキッド」です。

 「レット・イット・ビー」はビートルズのアルバムの中でも個人的には最も好まないアルバムでしたが、今回のリリースはその宣伝文句がちょっと気になりました。

 全般的に音がクリアーになり、それぞれの楽器の音色がはっきりと聴こえるようになっていることを除いて、あまり変わり映えしない曲もありますが、私がビートルズの曲の中で一番嫌いな曲だった“The Long And Winding Road”は、オリジナルとは対照的なシンプルなアレンジで聴くことによって、完全に曲のイメージが変わりました。
 今になって考えてみれば、私が嫌いだったのは、まるでマントバーニー楽団の様なイージー・リスニングミュージックを思わせる、フィル・スペクターの手になる“Wall of Sounds”の方だったのですね。


 でも、このアルバムの中で最も衝撃的だったのは、ジョンの手になる“Across The Universe”です。
 この曲はジョンがインド哲学に触発されて書いた曲で、オリジナルの伴奏はジョン自身のギターの他にタンプーラ だけだったということですが、私がこれまでなじんできた「レット・イット・ビー」バージョンでは、壮大なオーケストラやコーラス、ワウワウを効かせたエレキギター等が加えられていました。まあ、この曲の場合、曲自体が好きだったもので、それはそれなりに好んで聴いていましたが…。

 でも、今回のバージョンでは途中から「ビュワ〜〜ン…、ビュワ〜〜ン…、ビュワ〜〜ン…」と入ってくるタンプーラの通奏音がはっきりと聴こえるので、それがなんともインド的な雰囲気をかもしだしていて、まったく別の次元の音楽を感じさせます。「オリジナルはさらにこんなに良かったのだ。」と、今さらながらいたく感心している次第です。

 「コンサート・フォー・ジョージ」からは「アルパン」アヌーシュカのシタール・ソロ「ユア・アイズ」「レット・イット・ビー...ネイキッド」からはジョンの「アクロス・ザ・ユニバース」。この組み合わせばかりを見聴きしている今日この頃です。


 ところで、この「レット・イット・ビー...ネイキッド」の日本盤はあのいやらしい CCCD なんですが、それでは私がいつもしているように、パソコンに取り込んでおいて文章を書きながら iTune で聴いたり、iPod を車のオーディオに直結して聴くという楽しみ方ができなくなります。ほんとに馬鹿げた話ですよね。
 でも、事前に調べておいたお陰で、実はアメリカ盤は通常のCDだということが分かっていましたので、私はそちらを購入して、いつものように楽しんでいます。

 様々なデジタル家電が広く普及してきて個人での音楽の楽しみ方が多様化している現在、こんな形でのコピーコントロールなんて笑止千万です。

 音楽の楽しみ方の自由を奪うな〜!

2003/12/30
(火)

インド音楽

 先日書いたラヴィ・シャンカールのアルバムはあの後すぐに到着。早速、ワクワクしながら聴いてみました。
 …が、やはり本格的なインド音楽はスッと身体に入ってくるっていう程に単純ではありませんね。

 もちろん、シタールの音色が心地悪かろうはずはありませんが、なんせ、まるでチューニングとしか思えないようなアーラープがいきなり10分以上も続いて…、ふにゃふにゃ…って感じになってしまいます。
 私のピーブロックの演奏も「どこまでがチューニングで、どこからが曲だかよく分からなかった。」ってことはよく言われることですが、その実、本格的なシタールの音楽に比べたら、ピーブロックなんて十分に分かりやすい音楽だと思いますね。


 でも、確かにピーブロックとシタールの音楽とは似ているところはあります。テーマをゆっくりと表現して始まり、次第にテーマを複雑に展開しながら盛り上がって行くというパターンは…。

 でも、終わり方がちょっと違う。

 ピーブロックの場合は盛り上がって行っても最後は必ずウルラールに戻ってゆっくりと終わるのが常ですが、シタールの演奏では、猛烈に盛り上がって、パッ!と終わるというパターンが多いようです。

 実は、ジョージのコンサートでのアヌーシュカのシタール・ソロ「ユア・アイズ」って曲もそうなんです。
 最後にシタールとタブラによる超絶技巧のパッセージが何回か繰り返された後、どうやってあんなに息の合った終わり方が出来るのか?と思わせる程に「ダダダダッ、パッ!」と2つの楽器が同時に最後の音を出し終えて、一瞬にして静寂が訪れる。
 もう、それはそれは実に見事で、何度見ても笑っちゃう程に感動ものです。


 では、シタールを真似て、ピーブロックでもノリノリに盛り上がったクルンルアー・ア・マッハで終わるってのはどうでしょう?
 う〜ん、実はこれは全く不可能という訳では無いでしょうけど、でもかなり無理がありそうです。

 クルンルアー・ア・マッハというのはエアーの使用量が多いので、パイパーは非常に込み入った指使いをする傍ら、バッグに息を吹き込むのとプレスするのにも大忙しなんです。
 ハイランド・パイプでは通常、曲の演奏中は指使いと息の吹き込み&バッグのプレスを関連させることは全く無いのですが、唯一、双方を関連させなくてはならないのが曲の最後。終わりの音に合わせてバッグを絞り上げて終わる訳です。
 …で、ウルラールのようにゆっくりとした音の並びだとこれはなんてことないことですが、クルンルアー・ア・マッハでこれをやろうとしたら…? ちょっとと考え込んでしまいます。その挙げ句、上手く決まらなければかなりぶざまなことになるでしょう。

 …ってな訳で、シタールとハイランド・パイプの構造上の違いから、このような終わり方の違いも必然と言えそうですね。

2003/12/31
(水)

Lament for George

 ↑に書いた通りで、まあ、とりあえずは取っ付きやすいインド音楽として、ジョージのコンサートでのラヴィ・シャンカールの音楽を楽しんでいますが、併せてコンサートのメインであるトリビュート・バンドの演奏も繰り返し見入ってしまいます。

 前にも書きましたが、どの曲もウォーム・アット・ハートな演奏者たちによる感動的な演奏ばかり。…と同時に、これまでビートルズのアルバムからジョージの曲だけを抽出して聴くなんてことはしたことが無かったのですが、このようにしてジョージの曲を続けて聴いてみると、その素晴らしさがひしひしと伝わってきます。


 どれもこれもが素晴らしい演奏ですが、中でも特に印象的なのは“While My Guitar Gently Weeps”です。
 この曲では、ポールがピアノを弾き、リンゴがドラムを叩き、クラプトンがギター・ソロを演奏するということで、つまりはジョンを除けばビートルズとしてこの曲をレコーディングしたときのメンツがそのまま揃っているのです。
 間奏のギター・ソロではクラプトンが当時の自身のソロを完全にフォロー。さらにエンディングでは渾身のギター・ソロを展開しますが、これが本当に泣けます。まさにクラプトンがギターでウィーピングしている。

 DVDのディスク2に収められている劇場公開版の映画の中で、クラプトンは「ジョージを失って寂しくて仕方ない。彼の話になると感情を抑えられない。」と語っていますが、まさにその悲しみの感情がギターを通じてそのままほとばしり出ています。
 最後に渾身のギター・ソロを終えエンディングを迎えた時のクラプトンの顔が大写しになりますが、それはハイランド・パイパーが“Lament for the Children”を演奏し終えた時にも似て、全ての感情を出し切って気の抜けてしまった、という風情がありありと見て取れます。

 クラプトンは、幼くして亡くした息子の死に捧げて「ティアーズ・イン・ヘブン」という名曲を作曲したことは有名ですが、愛する者の死と言うものは残された者にかくも美しくも哀しい音楽を奏でさせるものなのでしょうか…。

 このギター・ソロはまさに“Lament for George”ともいえる名演奏でしょう。若きクラプトンが壮絶なギター・インプロヴィゼーションを披露したあのクリームの解散コンサートから30余年の時を経て、同じロイアル・アルバート・ホールのまさにその同じステージの上で、クラプトンはまた違った意味での印象深い名演奏を聴かせてくれました。

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