パイパー森の音のある暮らし《2003年11月》
2003/11/13
(木)

説法&シタール演奏会

 先月号で書いたように、高校の同級生である坊さんの説法とシタール演奏を聴いてきました。

 彼は高校生の時から、妙に大人びて哲学者然としたところのあったヤツでしたが、正反対に軽々しかったパイパー森とは何故かウマが合いました。(というか、こちらが一方的にウマが合うと思っていただけかもしれませんが…。)

 この日は、彼が26歳の時に初めてインドに行った時の話から、最初はタブラの演奏をしていた彼が、何故かシタールを演奏するようになるに至った逸話や、タブラやシタールの仕組みなど、さらには、インド音楽の話など、いろいろと珍しい話を聞くことができました。

 例によって、高校の同期生たちのHPに今回は私がレポートを書きましたので、興味のある方はどうぞお目通し下さい。右の写真からリンクしています。ただし、例によってごく仲間内向けの内容になっているので悪しからず。


 このレポートに書かなかったことで当日実感したことが一つあります。それは、先月の日記でも書いた《ピーブロックとインド音楽とは共通する点が大である》というくだりについてです。
 実際にインド音楽の奥深さをかいま見た今となっては、シェーマス・マックニールが言うところのこの言い方はあまりにもおこがましい言い方じゃないかと感じるようになりました。まあ、確かにこの言い方が全て間違っている訳ではありませんが、ピーブロックが似ているのはあくまでもインド音楽のごくごく一部の面でしかない訳でして、比較対象とするインド音楽ってのはとんでもない程に奥が深い、ということに深く感じ入っている次第です。

2003/11/15
(土)

紅葉の森で本当のラメントを演奏

 今日は、横浜のとある森の中にある谷戸の田んぼで稲づくりをしている市民グループの収穫祭が催された、紅葉真っ盛りの山に囲まれた素晴らしいお屋敷の庭でパイプを吹いてきました。

 実は、このお屋敷の元当主とパイパー森は以前からの知り合いでした。数年前に彼が急逝した後、親族からこの長屋門付きのお屋敷や広大な山林が市に寄付され、市ではこの屋敷などを含めた公園の整備計画を進めていますが、特にこの屋敷の活用策を市民を交えて検討中といったところです。

 死去の数年前に、彼は江戸時代末期に建てられたというその長屋門を半解体修理して立派に復元しました。復元された長屋門を訪ねたパイパー森は、彼と「いつかこの長屋門の前でコンサートをやろうね。」と約束したのでしたが、その約束を果たせぬまま、彼は逝ってしまいました。

 今日は、そんな彼との約束を果たすために、彼が生前とても大切にしていたにも関わらず、彼の死後彼を追うようにして枯れてしまったという庭に植えられていた樹の、直径1mはあろうかという切り株の周りで、彼とその樹の精霊に“Lament for the Children”を捧げてきました。

 彼の死去からすでに何年か経過してしまっているのですが、長年胸につかえていた想いがやっと果たせたということで、ほっと一安心しました。

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