パイパー森は1977年8月、渋谷の道玄坂にあったブラック・ホークという喫茶店を拠点に、このお店のレコード係であった故松平稚秋さん等と共にブリティッシュ・トラッド愛好会(British Trad Appreciation Society) を立ち上げ、その機関誌として“OAK-British Trad Review” を発行しました。
しかし、この機関誌がその後、トラッド愛好会の優秀な会員たちの手によってあまりにも立派に成長しすぎてしまったので、より自分勝手なことについて書く場所が欲しくなり、ある特定のトラッド仲間に書き送る形の手紙文形式のエッセイとしてこのシリーズを書き始めました。そして、書いた文章は実際に複数のトラッド仲間たちに一方的に送りつけて(無理矢理に)読んでもらっていました。
さしずめ、現代だったらホームページを開設して掲載するところですが、なにしろこのエッセイを書き始めた1984年というのはやっとあのアップル2が登場した年ですから、インターネットはおろか、コンピューターがパーソナルなものになるまでにはまだ少々間がありました。
ですから、当初は当時のミニコミのオーソドックスなスタイルである手書き文字でスタートし、大分経ってからPC(ダイナブック)、そしてマックへとツールは変わりましたが、とにもかくにも「紙に印刷する」という体裁は不変でした。
テーマの多くはハイランド・パイプやピーブロックに関することですが、ときどきセーターのことやケルト紋様のことなど、音楽とそれにまつわる話題(と勝手に思うこと)についてつれづれに書いていました。No.1を書いた1984年から、途中子育て等で余裕がなくて殆ど音楽を聴かなかった6年のブランクをはさんで、最後の号を書いた1998年までの14年間に通算17通の手紙を書きました。
このサイトでは、これらの Canntaireachd の内、デジタルデータになっているものを中心に、写真などの資料を加えるなど少々手を加えながらアップロードしました。古い文章ですが、それなりに楽しんでいただければと思います。
(Canntaireachd -カンタラック-とはパイパーによる伝統的な「歌によるピーブロックの伝承法」のことです。)