今年のテーマ「癒す」とは一寸ニュアンスが違うかも知れないが、我家の雑種犬「ユキ」を紹介したい。
近所で子犬が3匹も生まれたので一匹貰ってくれないかと頼まれて引き取った犬だ。小さい頃は真っ白だったので「ユキ」という名前をつけた。今ではもう十四歳で目も不自由になり、一日中眠りこけていることが多くなった。背中に茶色の毛も増えてきた。お母さんは真っ白だったので、どこの誰だか知らないお父さんは茶色だったのだろう。
我が家ではこの犬を結構重宝に使って家庭の円満を図っている。すなわち、相手に面と向かって言いたくないときは、この犬に向かって「ユキ、○○○だね」などと話しかけるのである。狭い我が家なので大抵の場合は相手も聞いている。すると何となく波風もたたずに実現するのである。
例えばこんな具合である。
あるとき、帰宅したら居間の隅々に洗濯物やガラクタが一杯積み重なり、八畳間が四畳半ぐらいになっていた。ユキを捕まえてお座りさせ、「ユキ、これじゃ歩き回れないね」と話しかけた。そうしたら女房がいつのまにか部屋をキレイに片付けていた。
娘が帰宅しても「ただいま」とも言わずに二階の自分の部屋に入ってしまうので、帰ってきているのかどうか分からない。そこで食事時、皆が揃っているところで、「ユキ、玄関を開けてもらいたい時はワンと吠えなさい」と語りかけておいた。それを聞いていた娘が後日ふざけて、帰宅した時に「ワン」と言ったので大笑いになった。
まだまだ他にもご利益はある。コーヒーを飲みたくなった時、「ユキ、お母さんが味わいの深いコーヒーを入れてくれるって」と聞こえよがしにユキに語りかける。いつもならコーヒーぐらい自分で入れなさいよと言われるのが落ちだが、ユキをだしに使うと入れてくれるのである。
子供が小さかった頃好き嫌いが激しかったので、ユキは何でも食べるよと、子供が食べ残したおかずをやったらバクバク食べていた。それ以来子供の好き嫌いも少なくなった。犬にとっては人間の食べるものは大ご馳走でうまいのに決まっている。なかなか利用価値のある犬だ。
息子は休みの日は朝遅くまで寝ている。食事のテーブルがいつまでも片付かないので女房が嫌がっている。そこで、土日のユキ散歩を息子と手分けしてすることにした。そしたら嫌がりもせず、いつもと同じように早起きしてユキを散歩に連れて行くようになった。みんなユキと一緒にいたいんだな。
しかし、いつも当方にとって都合良い話ばかりではない。明日はケイビングに出かけるという夜、女房がユキに向かって「ユキ、穴から出られなくなるようなドジを踏むんじゃないよ」と聞こえよがしに語りかけていた。こればかりは反論のしようもない。
またあるときは、女房がお茶の入った湯のみを畳に置いたままテレビを見ているので、「ユキは目が見えないんだからつまずいてこぼすではないか。危険の目は摘み取っておくのが人間工学の鉄則だ」と注意したら、早速ユキを捕まえて「わたしゃ犬だよ。人間工学なんて関係ないね」と話しかけていた。でも、ユキの言葉として言われると不思議と腹は立たない。
公園に散歩に連れて行っても目が見えないので子供に吠えついたり追っかけたりしない。だから放しておいても大丈夫だ。通いなれた公園なので臭いで場所がわかるのか、あちこち勝手に歩き回っている。すると小さな子供が寄ってきて頭を撫ぜてくれる。親が心配そうな顔をしているのでその都度「もう目が見えないんです」と説明する。
公園に何だか知らないが木の実をつける木がある。秋になるとそれが落下し地面一杯に散らばっている。若い頃は食べなかったが、最近はそれをポリポリ食べるようになった。枝の上では鳩がそれをついばんでいる。時には鳩も地上に降りてきてついばんでいる。犬と鳩が並んで木の実を拾っている図はなんとものどかだ。
この犬が可愛いのは、当方の出勤・帰宅時には必ず玄関に出てくることである。目は不自由だが耳はまだ確かなようで、門扉を開ける音で気がつくらしい。息子や娘が出入りしても玄関に出て行かないので、女房もユキが玄関に出て行くのを見て当方が帰ってきた事に気付くことが多いとのこと。門扉の開け方にも個人差があるのだろう。
食事の時、ユキがテーブルの下に座って自分の餌をくれるのを待っている。最近はボケてきたのか、餌を早くくれと催促するようになった。女房や子供に向かっては、隣近所に聞こえるほどの大声で「ワン・ワン」と吠えて「早くよこせ」とねだっているが、当方にねだるときは、足元にじっと座ってよだれを垂らして待っているだけだ。
ユキはユキなりにこの家では誰がボスだか分かっているようだ。いつもカミさんにガミガミ言われている当方にとってはまたとない「癒し犬」である。
ゆきが12歳のときの写真(当方から餌をもらうため静かに待っている)
2005年8月(63歳)会社の社内報に投稿したものである。
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