横浜市の境は川崎市、町田市、大和市、藤沢市、鎌倉市、逗子市、横須賀市に接しており、全長約100km近くになる(写真01)。
最初は、休日の散歩で自宅近くの市境を歩いていたが、だんだん遠くなり電車で出かけるようになった。「ここまできたら全部歩いてみるか」という気になり、2011年から2014年にかけて全市境を歩いてしまった。全く何の御利益もない暇つぶしの一言に尽きるが、身近にこういう楽しみ方もあるものだという一例にして頂ければ幸いである。
写真01 横浜市境全図
市境の状況は、①川または海(運河)、②丘陵地の尾根または道路、③市街地の道路、④住宅地を複雑に縫っている、の4つのパターンがある。丘陵地帯の尾根が市境になっている場合は、大抵の場合、わずかな踏み跡があり、境界標も建てられている。中には物凄い藪漕ぎをしなければならない所もあり、藪漕ぎもできないほど密に竹藪が生えているところもある。そういうところは迂回せざるを得ない。
市境が市街地の住宅地を複雑に縫っている所では、追跡が難しい。市境が民家と民家の間を通り抜けて、人が入り込めないところも結構ある。民家の場合は家の敷地の中を市境が貫いている箇所は極めてまれだが、大きな事業所やゴルフ場となると事業所の中を市境が通っているので、完全に市境を追跡するのは難しい。
各市との境の概況は、川崎市との境はおおむね道路か丘陵上の道路である。町田市との境はすべて丘陵地帯の尾根である。ここは東京都と神奈川県との境でもあるので市境標のほか、都県界標も建っている。都県界標の方が一回り大きい。
大和市との境は境川なので市境の追跡には苦労しない。藤沢市との境も大部分境川なので苦労は少ないが、藤沢バイパス付近が民家の間を縫っているので追跡が難しい。
鎌倉市との境は一番複雑で市境の追跡が難しい。特に藤沢バイパスから小雀浄水場までの間がひどい。元の形態は畑地の小川や尾根だったのだろうが、ミニ開発が無秩序に進み、住宅地が迷路のように広がっているので分かりにくい。しかも人が入れないところを市境が通っているケースが多く、あちこちの地点で追跡をあきらめざるを得なかった。
小雀浄水場~大船駅はおおむね台地の端を境にしている。今は廃線となったドリームランド行きのモノレール跡地が市境になっている所もある。大船市街は住宅地の道路を境にしている所が多い。それを過ぎると鎌倉アルプスの尾根が市境になるので分かりやすい。
鎌倉アルプスを過ぎると逗子市との境だが、逗子市との境は徹底して尾根が市境である。ただし池子の米軍住宅地を横浜市境が通っている部分があるが、ここは立入禁止なので米軍住宅地の外側を迂回して六浦経由で進むしかない。
六浦からは最後の山登りで鷹取山に向かう尾根を登る。鷹取山に行く手前で、横浜・横須賀・逗子市が境を接するポイントがある。そこから先は横須賀市との境の小さな尾根を経て追浜に下る。
最後は物凄いブッシュの密林に入る。体中に引っかき傷を作りながら進んだら、下藪の中から市境標が現れた。よくこんなとこまで建てたなと、役所の苦労がしのばれる。地図上ではその先で京浜急行を横切るはずだが、そこは巨大な擁壁(写真05)となって落ち込み、とても素人では下降できない。ここは一般道路を迂回して進んだ。
その先は海岸近くのマンションやアパート地帯を進み、最後は野島の見える金沢八景の海岸に出て、市境は海に入って行った。
写真 05 市境が走る巨大な擁壁(黄色:市境)
それでは市境踏破で体験した面白い事柄を、反時計回り(川崎市→町田市→大和市→藤沢市→横須賀市)で紹介してゆこう。
********** 川崎市との境 **********
横浜市境の始まりは川崎市との境で、鶴見線の武蔵白石駅付近で東京湾から陸に上がる(写真07)。
写真07 市境は鶴見線の鉄橋をくぐって上陸する
川崎市との境は、遊歩道(写真09)や道路になっ ている所が多いが、矢向付近では民家の間を市境が複雑に出入りしているので追跡が非常に難しい。
写真09 市境は遊歩道(左:横浜市鶴見区)
矢向から先は鶴見川が市境となり、途中で矢上川に入り、東横線付近で井田の丘陵に上がってゆく。横浜市都筑区の北山田付近の市境道路には、側溝の蓋のマークは横浜市だが、中央のマンホールの蓋のマークは川崎市というところもある。
横浜市都筑区の横浜市側で霊園の造成工事をしている所では、川崎市宮前区側の民家に「霊園建設反対」の赤い幟がたっている(写真11)。そうかと思えば横浜市青葉区では川崎市麻生区側が霊園で横浜市側が民家の所もある(写真12)。
写真11 霊園建設反対の幟(左:横浜市都筑区)
写真12 川崎市側が霊園(左:横浜市青葉区)
建設反対の赤い幟を過ぎて、市境がR246に下るところの道路の擁壁構造が川崎市側と横浜市側で異なっているのも面白い(写真13)。 擁壁の色が変わっているところが市境である。R246で横浜市側は青葉区に入る。市境は田園都市線のトンネルの上を通っていく。
写真 13 擁壁構造が違う(右:横浜市都筑区)
写真12の霊園の脇を進んでゆくと、写真17のような藪で行く手を遮られる。この藪は地図で見ると100mぐらいなので果敢に突破を試みたが、如何せん、藪の密度が高すぎて突破できなかった。しかたないので一般道路を迂回して先に進んだ。
写真17 竹藪に行く手を阻まれる(横浜市青葉区)
(追記)2018年4月にもう一度この区間を歩いたら、この竹藪の外側が幅5mほど刈られており、マンション脇の金網に沿って延命地蔵尊に達することができた。前回はこのマンションの外側を一般道路で迂回したのだが。
********** 町田市との境 **********
横浜市青葉区の寺家の辺りで川崎市との境も終わり町田市と接するようになる。ここは丘陵地帯の尾根が境界なので市境探しの苦労は少ない。写真19のような気持ちの良い尾根道なのでハイキング気分で歩ける。
写真19 この道が町田市との境(左:横浜市青葉区)
しばらく進むと、どういう訳か市境は尾根を離れて横浜市側に下り、寺家(横浜市青葉区)の水田の一部を町田市が飲み込んでいる(写真21)。写真の点線が尾根であり、斜線部分が横浜市側に食い込んだ町田市部分である。水田地帯なら水系ごとに境界を決めそうなものだが、いかにも不自然な境界である。過去に何らかの経緯があったのだろう。
写真21 斜線部:横浜市側斜面に食い込んだ町田市
この先で市境はこどもの国の中を通り、川崎市の飛び地を過ぎると、また町田市と境を接するようになる。この部分の長い尾根道には整備された遊歩道がついている。
その遊歩道が終わった地点で階段を下りてゆくと道は右に曲がっているが、市境は正面の山林に突っ込んでゆく(写真23)。ここは地図をよく読んでおかないと間違いやすい。
写真23 市境は正面の山林に突っ込む
正面のガードレールの下を潜り、かなりの段差を飛び降りて急斜面(写真25)を黄色い線のように下ってゆくと市境の杭が建っている。役所の担当者の苦労がしのばれる。
その先は県道の擁壁となっているので、幅30cmぐらいの擁壁の上をバランスを取りながら歩いて、擁壁が低くなるところまで移動してから、道路に飛び降りる必要がある。
写真25 市境の杭(この杭の後ろ側が横浜市青葉区)
市境はこの先で恩田川にぶつかり、そこに河川管理境界標(東京都と神奈川県)も建っている(写真27)。東京都側とは町田市であり神奈川県側とは横浜市である。
写真27 河川管理境界標(右:東京都,左:神奈川県)
市境は住宅地の中を南下し、東急の長津田検車区に入ってしまうので一般人は入れない。一旦長津田駅まで迂回して田園都市線と横浜線を越え、長津田検車区の南側にまわって、市境が出てくるところで待ち構えるしかない。
それから先の市境は、つくし野駅周辺の民家の後ろ側を複雑に通過してゆくので地図を丹念に読まなければならない。横浜市側は森村学園やみどりの里霊園の緑地帯なので横浜市側からアプローチできる所は市境の踏み跡に入れる。そういうアプローチが出来ない所は、民家の前を指をくわえて通過するしかない。横浜市側からアプローチできる所を見つけたので市境の踏み跡に入ってみたら、民家を裏から覗く感じで気が引ける(写真29)。踏み跡にはちゃ
んと市境標も建っていた。
写真29 市境は民家の裏側を通る(左:横浜市緑区)
R246に出て、すずかけ台駅前を通り、いよいよ東名高速町田インター付近の特異な形状をした市境の追跡となる。この付近は町田市が鋭くとがって横浜市に食い込んでいる。インターに出入りする各ランプを地下道で潜り抜けて進む。町田インターの周囲はラブホテルのオンパレードである。実際に見かけたものだけでも赤○の数だけある(写真
30)。そ んなに需要が多いのかね。
写真30 東名町田インター付近のラブホテル
********** 大和市との境 **********
鶴間で市境は境川に出る(写真31)。川は前方に向かって流れている。川の向こうは大和市である。前方が横浜市で、手前が町田市である。市境はここから藤沢市に達するまで、延々16km
を境川に沿って進むので気楽である。
写真31 市境が境川に出たところ
途中で、東名高速・相鉄・新幹線・横浜市営地下鉄の下を通ってゆく。新幹線を潜るまでは大和市との市境である。
********** 藤沢市との境 **********
横浜市営地下鉄の下を潜るところは、相鉄いずみ野線と地下鉄の橋梁が2本並んでいる(写真32)。 右側が地下鉄線である。
写真32 境川を渡る相鉄と地下鉄(対岸:横浜市)
この下流で謎の高架橋の下を通過する(写真33)。この高架橋の西と東は丘陵の斜面に吸い込まれているので、丘陵の下をトンネルで通過しているのだろう。この交通機関についていろいろネットで調べてみたが分からない。鎌倉に住んでいる知人に聞いたら、相模川から横浜市に水を送る「水道橋」とのこと。この先にある横浜市の小雀浄水場に入るらしい。
写真33 謎の高架橋(対岸:藤沢市)
いよいよ境川とも別れる時が来た。立石というところに横浜市の下水処理場と藤沢市の下水処理場が並んでいるところがあるが、その下水処理場の間を通って市境は東側に曲がる(写真35)。
写真35 市境が通る草地(左:横浜市の処理場)
横浜市の下水処理場周辺は一般人が立ち入れるところではないらしく、草ぼうぼうで、行く先々でフェンスが立ちはだかっている。市境はつる草の生い茂った山林を登ってゆくのだが、棘のついたつる草の抵抗が強すぎてとても登れない。しかたないので、少し離れた所についている細道を辿って藤沢バイパスに出た。
市境がつる草の斜面から出てくるところまで、藤沢バイパスの路肩を歩いて行ったが、すぐ脇を巨大なトラックがビュンビュン走っているので、その怖さは筆舌に記し難い。まさに高速道路の路肩を人が歩いている感じだ。トラックの運転手も危険を感じたに相違ない。
市境が藤沢バイパスを渡るところは写真37の通りである。この写真は藤沢市側から見たものである。道路の両側に市の境界標が建っているのが見えるであろう。
写真37 藤沢バイパスを横切る市境(対面:横浜市)
これから先は、市境が住宅地の中を縦横無尽に縫っており、しかも、人が入れない民家の裏側を通ってゆくので、追跡が難しくなった。たまたま住民が庭にいたので「かくかくしかじか」と事情を話したら、庭に入って裏のフェンスの写真を撮ってもいいですよと言ってくれた家もあった。
********** 鎌倉市との境 **********
紆余曲折をくり返しながら蟻の歩みで進んでゆくと、横浜市と藤沢市と鎌倉市の境が交わるところについた。その場所の地図(写真37)と、矢印の方向から見た現地写真(写真39)を示す。ここでは横浜市と藤沢市の間に人の入れる余裕はない。
写真37 三市が交わる地点の地図
写真39 三市が交わる現地の写真
ここから先は、継ぎ足し・継ぎ足しのミニ開発で複雑な住宅地を進む。やっと市境が畑地に出た所に市境標が建っていた(写真 41)。
写真41 畑地に建つ市境標(左:横浜市戸塚区)
やれ嬉やと畑の中の市境を辿っていったら、農家の方から「畑の中は歩かないでくれ」と言われ、藤沢バイパス入口付近まで迂回してようやく関谷の交差点に出た。この下を流れる小川が横浜市と鎌倉市の市境である(写真43)。
写真43 市境の小川(左:横浜市戸塚区)
この先で小雀浄水場を越えると大船駅までは山越えの市境となる。その山越えも複雑で、市境がどこで山林に入るのか読めないところや橋のない川を渡ってゆくところもある。さすがにこの区間はどこまで忠実に市境を追跡できたか分からない。
大規模開発団地(玉縄台団地)の外周に沿ってゆくと、昔々、大船~ドリームランドを結んでいたモノレールの跡地が市境となっているところがあった(写真45)。
写真45 左の窪地がモノレールの跡(左:横浜市)
大船駅を越えて大船の市街地に入ると、川や道路が市境となっているので分かりやすい。鎌倉女子大前の交差点付近から鎌倉アルプスに続く山道に入れるはずなのだが、地図を解読して市境入口と思われる地点からいろいろアプローチしてみたが、どこも行止りか、最後は道が消えてしまい、山道に入れない。
地元の人に聞いたら、「もっと南の大長寺(写真47)から入る道がある」とのこと。昔はここからでも山道に入れたが、今は立入禁止になってしまったそうだ。
写真47 大長寺山門(後ろの山の尾根道が市境)
鎌倉アルプスに続く尾根道に出たらあとは一本道なので気楽だ。市境の道には、横浜市と鎌倉市の境界杭が数を競うようにたくさん建っている。鎌倉市の境界杭(写真49)のマークは源氏にちなんで笹龍胆(ささりんどう)である。
写真49 鎌倉市の境界杭のマーク
あとは気楽なハイキングコースを辿るだけと思っていたのだが、横浜市側の大規模開発の団地が尾根まで達している所があり、ルート選定にやや迷う。
横浜市側の荒沢市民の森の脇を通ってゆくと、右側に大きなゴルフ場(鎌倉カントリー)が現れる。ゴルフ場を囲むネットの脇(写真51)を歩いてゆくと、横浜市栄区側の桂台団地から登ってくる長い階段のところで、市境はゴルフ場の中に入ってしまい追跡できない。市境はゴルフ場のど真ん中を貫いて、南側の天園に達している。
写真51 鎌倉カントリーの脇を歩いてゆく
しかたないので、鎌倉カントリーの外側を大きく迂回して行かなければならない。この迂回が結構大変だった。天園に着くと鎌倉アルプスと呼ばれるだけあって、ハイカーが大勢いた(写真53)。
写真53 天園の賑わい(左:横浜市栄区)
天園頂上のお茶屋を過ぎたら、金沢八景への道に入る。ところどころ岩が出た尾根道を歩いてゆく(写真55)。左手(横浜市側)に大規模な霊園が見下ろせる。右手(鎌倉市側)に何本か良く踏まれた道が下りてゆくが、市境ルートは左側・左側へと進む。
写真55 このような切通しを通過する
写真57 のような広場に達したら一休みして心を落ち着けよう。ここから先は地図と地形の解読が難しい。ここは横浜市栄区と金沢区と鎌倉市の境界が接している所で、道が三叉路になっている。
写真57 市境広場(三叉路広場)
一般のハイキング客はほとんどが金沢八景へ続く北に向かう道に入るが、市境踏破を狙う我々は南に向かう小径に入ろう。この小径の尾根こそが、朝夷奈切通しを横断する市境なのだ。ここから先のルー
トは地図59のようになっている。
地図59 市境広場から朝夷奈切通までのルート
市境広場~送電鉄塔までは道がついているが、送電鉄塔から朝夷奈切通までは本格的な藪漕ぎである。その覚悟がない人はやめた方がいい。市境広場からしばらく南に下ると、道が左右に分かれる分岐点に着く。左に下る道は七曲がりのバス道路に出る道であり、右に下る道は市境を忠実にたどって送電鉄塔に至る道である。送電鉄塔に着いたら、鉄塔がこのような位置に見えるポジションに立とう(写真61)。この真正面が藪漕ぎの入り口である。入口にはピンクのテープがぶら下がっている。
写真61 藪漕ぎ入口はこの真正面
しばらく藪を漕いでゆくと「通り抜け出来ません」と書いた黄色い垂れ幕が多数下がっているが、かまわず進もう。その先にも市境標はしっかり建っている(写真63)。
写真63 役所の仕事はしっかりしている(市境界)
更に進むと鎌倉霊園の金網が現れる。観音堂の大きな観音菩薩像の背中が見える。金網を乗り越えるのは気が引けるので金網の外側を進もう。もうこの辺になると七曲がりのバス道が真下に見える。林の中の斜面をトラバースしてゆくと朝比奈峠のバス停に出る(注:バス道路へはかなり高い石垣を下らなければならないので、ロッククライミングorフリークライミング経験者でなければ引き返した方が良い)。
「やったー」という気分になるが、朝夷奈切通までの藪漕ぎがまだ残っている。仕事はまだ半ばである。朝夷奈切通への藪漕ぎの入り口を探すのも一苦労である。ゼンリンの地図よりも、国土地理院の
25000 の地図に載っている市境の位置の方が正確である。市境のトレールも、ほぼこの位置と重なっている。
しかし、実際現場に行くと、市境のトレールの入り口は非常に分かりにくいところにある。ここの藪漕ぎも鎌倉霊園脇と似たようなものである。藪を掻き分けながら磁石で方向を測ると、一寸、方向が違うのではないかと思いたくなる部分もあるが、忠実にトレールを辿ろう。
いよいよ朝夷奈切通の上に出ると写真67のような光景がみられる。垂直に切り立った崖には手すりなどないので落ちないように注意しよう。もともと立入禁止のところを突破してきたのだから、何が起こっても自己責任である。
写真67 朝夷奈切通を上から見下ろす
朝夷奈切通から先は熊野神社経由で市境の尾根にあがろう。ここにはハイキングコースがついている。鼻歌気分で進むと、直に、横浜市・鎌倉市・逗子市が接する三叉路にでる(写真 68)。
写真68 三叉路(米軍住宅用地は右側の藪)
市境の尾根は南東に延びているのだが、池子の米軍住宅用地の金網があるので入れない(写真69)。地図で見ると写真71の通りである。
写真69 米軍住宅用地の金網
写真71 池子の米軍住宅付近の地図
青い線が立入禁止の金網である。仕方ないので一旦六浦に迂回して(赤い矢印)、六浦から先の市境を 追いかけるしかない。
********** 逗子市との境 **********
六浦から市境の尾根への登り口もいくつかルートがあるので経験者に聞くか、地元でしつこく聞いた方が良い。地元の人でも知らない人が多いからである。六浦と神武寺の間の京浜急行線路わきから登るル
ートは、金沢八景~逗子を結ぶ県道205号が市境尾根の下をトンネルでぬけている真上あたりに通じている。
コモア六浦から横横道路を歩道橋で越えてくるル ートは、県道205号のトンネルより鷹取山寄りでハイキングコースに合流する。
県道トンネルの真上辺りから北西に市境尾根への道が延びていたので米軍住宅地の方に入ってみたが、草が刈られているのは最初の送電鉄塔までで、その先は猛烈なブッシュで進めなかった。米軍住宅地の市境の尾根をあきらめて鷹取山方向に向かう。
右手に逗子市のゴミ焼却場を見ながら鷹取山への展望のきかない尾根を登る。ここの尾根道は横浜市と逗子市の境界である。 ゆるい登りを登ってゆくと、鷹取山に出るずっと手前で三叉路に突き当たる。ここが横浜・逗子・横
須賀市の境界が一点に交わる所である(写真 73)。
写真 73 市境の三叉路
********** 横須賀市との境 **********
ここで追浜方向に進む道が横浜市と横須賀市の市境である。最初は横浜市と横須賀市を隔てる小さな尾根の上を歩いてゆくが、じきにこの尾根も終わってしまい住宅地に下りてゆく。この付近の横浜市と横須賀市の市街地は遊歩道で区切られている。遊歩道が終わると、市境は、民家の裏や擁壁の上(写真75)など複雑な経路を経て、冒頭に掲げた巨大な擁壁(写真05)で京浜急行を渡る。
写真75 市境は崖の上を通っている(左:横浜市)
京浜急行を渡った先は新興のマンション群の中を海に向かう。途中、メインの通りから思わぬ小路へ市境が入ってゆくので地図をよく読んで追跡しよう。アパート群の中を通り抜けてゆくと、野島を望む海岸に達し、ここで市境は海に入る(写真77)。
ここには小さな公園もあるので、藪漕ぎでできた擦り傷をいやそう。野島との間にかかる橋は「夕照橋」と言って、なかなか景色のよい所である(写真79)。
写真77 市境の終点(ここで海に入る)
写真79 夕照橋(横浜市金沢区:対岸が野島)
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