ヒグマの出る野湯とピリカ鍾乳洞温泉

 2003年9月、温泉仲間と北海道南部にある、ヒグマが出没することで有名な金花湯(小金井沢温泉ともいう)と鍾乳洞内に温泉が湧くことで有名なピリカ鍾乳洞温泉に出かけた。
 温泉仲間のHP情報によると金花湯はゲートがほとんど閉まっている林道の奥にあり、ピリカ鍾乳洞は竪穴で危険なため入洞禁止とのこと。金花湯は島牧村にあり、島牧YHのオーナーが詳しいとのことなので、島牧YHに泊ってアタックすることにした。ピリカ鍾乳洞の入洞許可は「温泉水を採取して研究者に送るため」ということで申請した。

第一日目(曇ときどき晴)
 YHを 9 時頃出発。昨日、金花湯に至る林道入口 のゲートを見に行ったときは鍵がかかっていたので、今日もダメだろうと半ばあきらめながら金花湯林道のゲートに向かった。着いてみたら、なんと、昨日は冷たく閉まっていた鉄製のゲートが開いているではないか。地元民が茸でも採りに入っているのか。小躍りせんばかりに喜び、早速林道に入った。しかし、林道入口には「ヒグマに注意」の看板が何枚も立っている(写真 02)。

      写真02 林道入口のヒグマに注意の看板

 最初は道もそう悪くなかった。ジムニーというHPに出ていた地図を頼りに進む。各分岐点の写真を撮りながら地図の通りに進む。この地図にも出ていない脇道が結構あった。地図上の各点の位置を定めるべく、GPS付きのドコモの携帯を持ってきたのだが、圏外となって使えない。どうやら基地局の電波が届く範囲でしかGPS機能が使えないらしい。これではお遊び道具でしかない。せっかく 25000の地図に30秒ごとの線を入れてきたのに。

 林道はカムイ岳の東側を廻り、コイクチ沢の一本西側の沢を下っているようだ。道もだんだん悪くなってきたころ、ブルのキャタピラーの跡が出てきた。奥にだけブルの跡があるということは別の林道と繋がっているのではないか。
 黄色い橋(ガードレールを黄色く塗ってある)でコイクチ沢を渡り、赤い橋で泊川本流を渡る。ここで林道はUターンして泊川沿いに登って行く。白い橋で小金井沢を渡り大岩のある分岐についた。真っ直ぐ進む道のほうが広くて立派だが温泉には左に曲がることになっている(写真04)。

        写真04 金花湯には左の道を行く

 左に曲がると相当な悪路になった。大石がゴロゴロした道で、中央が盛り上がっている。ランドクルーザクラスでなければ腹をするところだ。草が両側から生い茂り車の側面をこする。バイクでは身体をこすられるだろう。かなりの登りと屈曲を繰り返してゆくと道路が水に流されているところに出た。これ以上は進めない(写真06)。金花湯へのルートを紹介しているHPの地図のM地点にはまだ 1k ほどあるのだが。先月の台風 10 号で新たに道路が流されたらしい。

      写真06 道が流されこれ以上は進めない

 ここに車を置き、あとは歩いて行くしかない。周りは樹木がうっそうと生い茂り、いかにも熊が出そうな雰囲気だ。熊よけの鈴、携帯ラジオ、テレコなど音の出るものを総動員。熊よけスプレー、アブ払いスプレーと風呂に入る道具をもって出発。水で流された箇所を渡り、その先の林道を進むと100mほどでHPの地図の終点(M地点)と思われるところについた。そこから10分ほど下って行くと小金井沢の渡渉地点にでた。この渡渉点は飛び石伝いでも渡れ、水深も浅い(写真08)。

         写真08 小金井沢の渡渉

 その先は両側の草が生い茂り、ブッシュを掻き分けての細道となる。この道でいいのかと心配になったが15分ほどで突然草が開け、目指す金花湯についた。ほんとうに突然桃源郷が現れた感じだ。
 深いブッシュの中、ここだけ石灰華の白いドームが広がり、その端にひょうたん型の湯船が白濁した湯をたたえている(写真10)。まるで別天地のようだ。昔の写真では石灰華ドームの頂上一杯に大きな湯船が広がっていたのだが。石灰華の沈着速度はこんなに速いのかと驚く。

        写真10 金花湯のひょうたん湯船

 ラジオとテレコのボリュームを一杯に上げ、早速湯に入る。心配したアブも少ない。おりから薄日もさしてきて湯の色が青く見える。美しい。ひょうたん型の湯船は両方に一人ずつ入れば定員一杯という大きさ。
 しばらく人が入っていないせいか、湯船の底には炭酸カルシウムの薄い膜が沈殿していた。ひょうたん湯船の下流にも一人用の四角い湯船が3つ掘ってあった(写真 12)。これはまだ、どのHPにも紹介されていない。

      写真12 一人用湯船(その先は石灰華の終端)

 その先は、石灰華ドームが急な崖になって小金井沢に落ち込んでいた。小金井沢に降りれば大判の湯・小判の湯という野湯があるそうだが、そんなチンケな湯を探すより金花湯にゆっくり浸かることにした。交互に各湯船をまわった。
 金花湯の源泉は山すその叢にある湧出孔だ。源泉は47℃であるが、石灰華ドームの上を10mほど流れる間に温度が下がり、ひょうたん湯船では適温になっている。ひょうたん湯船の脇には誰が作ったか「黄金温泉」と書いた木製の看板が建っていた。石灰華ドームの上は白く磨かれ、きれいなので寝転ぶのに丁度よい。ただし熊が心配でなければ。

 12:30頃、金花湯に別れを告げて帰路についた。また草を掻き分けて小金井沢の渡渉点に戻る。車について、熊を気にしながら荷物を積みこみ、もと来た道を戻る。赤い橋の所で、昔あった泊川沿いのメインの林道を見ると、背の高い草が生い茂っていた。これではとても利用できないことが分かった(写真14)。

       写真14 正面の草の中が旧泊川林道

 落石の多そうな崖の下を走りぬけてカムイ岳に向け登って行く。カムイ岳の東斜面に出ると足元にカムイ沢が落ちこんでいる。この沢のどこかにカムイ鍾乳洞があるはずだ。最初のゲートにたどり着いたら、幸いにもまだゲートが開いていた。誰にも見つからないうちに足早に林道を脱出した。

 宮内温泉で一風呂浴びてから島牧YHに向かった。夜のミーティングでマスターに「鍵が開いていた」と言ったら驚いていた。そんなことは滅多にないそうだ。ラッキーとしか言いようがない。
マスターがYH周辺の自然について話してくれた。モッタ岬の先に、積丹半島の豊浜トンネルと同じように岩盤が崩落しうち捨てられたトンネルがあるという。明日、早起きできたら見に行くことにした。

第二日目(晴)
 朝5:30、まだ薄暗い中を相棒と2人で、崩落したトンネルを見に出かけた。車で20分ほど西に走ると高い岩壁の下に通行止めとなった旧トンネルがあった。今は新トンネルが掘られているので取りつけ道路は資材置き場になっていた。左手の高い岩壁からは滝が数条落ちていた。景色の良いところだ。

 相棒は待っていると言うので一人でトンネルに入った。これが予想以上に長いトンネルで、向うに抜けるまで30分歩いた。真っ暗な中を懐中電灯なしで歩いたが、道路トンネルなので凹凸はなく歩きやすかった。中ほどはトンネルではなくシェルターになっていた。崩落地点は向う側の出口で、崩れた岩がトンネル出口を半分ほど埋めていた(写真 16)。

      写真16 崩落した土砂で埋まったトンネル

 帰りは新トンネルを歩いて戻った。長さは1700m。トンネルの中で出合った車は2台のみ。自動車がトンネルに入ると、遥かに離れていても、直ぐ近くに車が来ているように大きな音が響いていた。 出発地点に戻ったら相棒がいない。1 時間もかかったので心配して相棒も旧トンネルに入ったようだ。
トンネルの入口まで行き、相棒の名前を呼んだが応答なし。しばらくここで待つことにした。30分ほど待っていたら相棒がもどってきた。7:00に車でYHに引き返した。

 それから長万部を経由してピリカ鍾乳洞に向かった。長万部で洞窟の仲間がもう一人合流。ピリカダムの手前で右折して奥ピリカへの道に入る。途中、熊岩という大きな一枚岩の岩壁を左に見上げて進むと奥ピリカに着いた。
駐車場の直ぐ脇にピリカ鍾乳洞の洞口があった。もっと斜面を登ったところにあるのかと思っていた。これなら入洞は楽だ。山の家(写真18)にチェック インしてから露天風呂に出かけた。風呂の直ぐ脇の岩盤にあいた穴から源泉が湧き出していた。風呂の底は一面小石が敷き詰められ気持ち良かった(写真 20)。湯はぬるいが長湯できるので身体が温まる。

       写真18 手前:湯小屋、奥:山の家

        写真20 奥ピリカ温泉の露天風呂

 山の家は古い畳敷きの部屋が食堂。チェックインのとき「明日は鍾乳洞に入る」と言ったので、宿の人が珍しがって、他の客にも「横浜から穴潜りに来た人がいる」と話したらしく、食事のとき他のグループから穴についていろいろ聞かれた。食事の後は、ザイルの整備、測定道具の準備などで忙しかった。 寝たのはもう23:30になっていた。

第三日目(雨)
 今回の調査内容は大学の先生から依頼されたもので、洞窟内、洞窟外露天風呂、谷川の水を濾過して採取し、pHと温度も測るというものである。先生によると、この試料を元に主成分分析を行うとのことである。今日は一番晴れてもらいたい日なのにあいにくの雨。

 水の採取にあたっては、竪穴なのでザイルにぶら下がったまま両手を使ってpH 計、注射筒、投薬瓶を扱わなければならない。底無しプールなので器具をうっかり落としたら回収できない。そこで考えたのが次のいでたちである。

 プラスチック製の四角いゴミ箱(コンテナ)を首から釣るし、そのコンテナに各器具(pH計、温度計、pH7・pH4・超純水の各標準液、ハサミ、油性マーカー)を凧糸で結びつけた。採水は原水を注射筒に吸い込んで、フィルターを付け、投薬瓶に濾過しながら注入しなければならないので、何度もフィルターを付けたり外したりしなければならない。
 その間、フィルターや注射筒を汚してはならないので、その置き台を厚紙で作り、コンテナの中にガムテープで貼りつけた。更に、注射筒や投薬瓶を洗浄した水をプールに捨ててはならないので、麦茶を入れるプラスチック容器をコンテナの中にガムテープで貼りつけた。各器具の水を拭うための布巾も入れた。デジカメは凧糸でツナギの胸のポケットに結びつけた。

 今日はあいにくの雨。今金町教育委員会の学芸員と合流する前に露天風呂と谷川の採水を終えたいので、食事もそこそこに行動を開始した。ツナギを着てSRT装備を付け、このコンテナを首から下げ、ポンチョを被って出かけた。なんとも珍無類な格好である。
 露天風呂の湧出孔は山体下部に開いた小さな洞窟で、結構な量の温泉が流れ出していた。その位置は露天風呂から3mぐらいなので風呂に入っている人が丸見えである。人が露天風呂に入っていたらいやがるだろうなと心配したが、採水している間、幸いにも入浴者がいなかった。谷川の採水地点は山の家の排水口の上流を選んだ。
 雨が強く、記録用紙がぬれると油性マーカーでもすぐ書けなくなってしまった。何回も力を入れて書くことにより、どうやら読める程度の記録が残せた。洞窟測量に使う、濡れても大丈夫な紙と鉛筆を用意すべきであった。学芸員と合流する直前にやっと採水作業が終わった。忙しかった。

 10:00に奥ピリカ温泉の駐車場で学芸員と合流。洞口は駐車場の直ぐ脇にある。駐車場からは5mほどの鉄の階段を登ってゆく。洞口には鉄格子が嵌っていたが学芸員が右半分の鉄格子を外してくれた。学芸員は洞窟は専門外とのことでそのまま帰っていった。 洞口の大きさは幅1.5m、高さ0.8mぐらい(写真22)。

       写真22 ピリカ鍾乳洞洞口(竪穴)

 洞口は南に向いており、斜洞は左斜め下に伸びていた。洞口からはかすかに湯気が立ち昇っていた。洞口でタバコの煙をなびかせてみたが特に強く上昇する様子でもなかった。洞口の右上にある木をメインのアンカーにし、左の木から引っ張って、斜洞の中央部分にザイルを固定した。50mザイルを2つ折りにしてダブルで降ろすことにした。1本はレスキ ュー用である。

 当方がトップで下降。入って直ぐ3mほどの垂直な壁があり、洞口に立つ者のつま先が見えなくなると小さなオーバーハングである。あとは45度の斜面がプールまで続いている。斜面は凹凸が多く、足場は豊富だった。これなら8環だけでも上下できる。この洞をよく知っている江差高校の先生によると「9月は青大将がうじゃうじゃいることが多い」とのことであったので、一歩一歩足元を確認しながら下る。青大将を追い払う折畳み式の杖を、佐々木小次郎張りに背中に差して下降したのだが、幸い青大将はいなかったのでホッとした。天井に蝙蝠が群をなしてぶら下がっていた。

 まず洞口直下の地点で採水作業。温泉プールの縁に洞口からの落下物が溜まり、人一人立てる平面がある。ザイルにセルフビレイして水際にしゃがむ。 ①温度測定、②pH計校正、③pH測定、④注射筒洗浄、⑤注射筒に原水吸入、⑥フィルターを付けて濾過水で投薬瓶3本を2回ずつ洗浄、⑦フィルターを外して注射筒に原水を吸入、⑧フィルターを付けて最初の投薬瓶に濾過水を満タンに注入、⑨同じ作業を繰り返し、投薬瓶2本に濾過水を肩まで注入。
 温泉プールが落石等で濁るとこまるので、この一連の作業を終えるまでセカンドは入ってくるなと言っておいたのだが、結構な時間がかかるので待ちきれなくなったのか、洞窟仲間がレスキュー用のザイルで降りてきた。プール際をザイルにつかまりまがら動き回っているので、しばらくじっとしていてくれと頼む。

 洞窟内の水面に浮いたチリが左側に流れている。露天風呂は右側なので、山体内で湧出した温泉が、露天風呂と洞窟の両方に流れ込んでいるのだろう。このお湯は最終的には、駐車場の下あたりで谷川に流れ込んでいるのではなかろうか。  対面のオーバーハングした岩壁に大きな蛇の抜け殻がぶら下がっている。現在の水面より1mは上である。蛇が湯面を泳いで行ったのだろう。とするとごく短期間の間に水面が1mも上下するのであろうか。鹿島論文では露天風呂の水面の方が1m高いことになっているので、雪解け時には洞窟内の水面も1m上がるのかも知れない。後日この疑問を江差高校の先生にぶつけてみたら「それはないでしょう。蛇は相当な岩壁でも這って登るので、あれは自分で這って行ったと思う」とのことであった。

 大学の先生から洞窟内では複数地点で採水するよう頼まれていたので、ザイルを横に引っ張って、3mほど離れたところにある傾斜50度ほどの斜面に移動。ここは前につんのめりそうで水に向かって作業するのは無理だった。セルフビレイの位置を下げ、尻を水面スレスレに下ろして採水作業開始。右足を常に踏ん張っていないとザイルに引き戻されそうだ(写真24)。

        写真24 洞内で採水中(後ろは蛇の抜け殻)

 ようやく1本目の採水が終わったところで不用意に立ちあがったら、右に引っ張られ、見事に温泉プールにドボンと落ちてしまった。確かに温泉だ。暖かい。測定器具はコンテナに結び付けてあったので何も失わなかった。温泉プールが濁ってしまったので、採水作業はここで中止。胸のポケットに入れておいたデジカメも水浸しで動かなくなってしまった。
 ほうほうの体で出洞し、山の家で乾いた衣服に着替え投薬瓶を確認したら、洞内の第2地点で採水した1本が失われていた。
 当方が出洞した後、温泉仲間も入洞し、洞窟仲間と一緒に洞内観察。最後は洞窟仲間がザイルを撤収し、鉄格子も元に戻して駐車場に引き上げてきた。
 相変わらず強い雨の中、荷物をまとめ、自動車に積みこんだ。15:30に今金町教育委員会の学芸員に「無事出洞した旨」電話を入れようとしたが圏外で通じなかった。自動車で人里に出てから連絡した。

 なお、洞内の温泉プールの深さについて江差高校の先生に聞いたところによると、ダイバーが洞内プ ールに潜ったときは命綱を16mまで繰り出したが、水が濁って先が見えなくなったので引き返したそうである。潜った方向は概ね水平方向とのこと。とすると温泉プールの面積はかなり大きいが深さは不明のようである。


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