2005年8月、百名山をやっている大学時代の同期に誘われたので北海道日高山系の幌尻岳2052mに登ることになった。
幌尻山荘への額平川は徒渉の連続で、水量が多いときは胸まで水に浸かるとのこと。ザックは濡れても中味が濡れないよう、70リットルのビニ ール袋をザックに敷いて、その中に荷物を入れることにした。
更に山荘は寝具・食事なしなので、寝袋・自炊道具・徒渉後の着換・徒渉用のザイル・ハーネスも入れたので荷物が多くなった。
第一日目(晴)
3人とも家が離れているので利用する交通機関も異なる。苫小牧の近くの沼ノ端駅に集合した。仲間の一人が栃木県から転がしてきた自動車で二風谷(にぶたに)の民宿「チセ」に向かった。
もう一人の仲間が徒渉用の地下足袋を持っていないというので振内(ふれない)まで行って、農協の物資部で地下足袋を買った。
二風谷のチセには16:00に着いた。幌尻山岳会に額平川の水の状態を電話で聞いた。膝までとのこと。ここ2~3日は天気も安定しているようなので一安心。夕方、目の前の二風谷ダムを見学した(写真01)。
写真01 二風谷(にぶたに)ダム
高さはさほどでもないが幅は広かった。堰堤の水門の上を屋根で覆っているので、長大な建物という感じがする。こういう作り方も珍しい。貯水量は6000万トンとあまり大きくない。平場の川のダムだから。
夜、各自が用意してきた山の食料を出し合って、日にち別・朝昼晩別に積み分け。その2食分ずつを各自が背負ってゆくことにした。
第二日目(晴)
いよいよ徒渉の日。チセを8:00に出発。振内で「幌尻岳登山口」の看板を右に曲がり道道に入る。二風谷から約1時間ちょっとで幌尻登山口の駐車場についた(写真02)。マイクロバスも含めて10台ぐらい停まっていた。一般人が車で入れるのはここまで。
写真02 登山道入り口の駐車場
できるだけ荷を軽くするため、この天気なら大丈夫だろうと、徒渉用のザイルや着換の一部を車に残した。それでも20kgはある。9:30、いよいよ重い荷を背負って林道を歩き始めた。快晴の日に照らされて暑い。マイクロバスが登山者をいっぱい乗せて我々を追い抜いて行った。「十勝観光交通」と書いてあったので、
地元の観光会社が募集したツアーなのか。うらやましい。ツアー形式なら林道に車で入れるとは知らなかった。
30分ほどで第2のゲートに着いた。入山届の箱が置いてあったので手帳の紙に書いて入れた。ここでも乗用トラックのような車に抜かれた。運転手が鍵を持っていてゲートの鎖をはずし、扉を開けて中に消えた。野郎どもはどういうツテなのか。
下流の額平川の水は河川工事のため濁っていたが、ここではもう澄んだきれいな水になっていた。林道といえども結構登りがある。木陰で何回も休みながら、二汗も三汗もかいて12:00にやっと取水堰に到着した(写真03)。ここで昼食。チセで作ってくれたお握りは大きく、いくらと鮭がたっぷり入っていてうまかった。
写真03 取水堰(ここから先は渡渉だ)
13:00地下足袋に履き替えて出発。最初は右岸の道を行く。直に沢に臨んだ岩壁をヘツる(写真04)。荷が重いので若干心配したが簡単にパ スできた。
写真04 最初のヘツリ
いよいよ最初の渡渉点。深さは膝まで。川床に苔が生えていないので地下足袋のグリップもよく、難なく徒渉できた。つづいてまた渡り返す。そこに誰かが置いて行ったスキーのストックがあったのでそれを借用。やはり徒渉には杖があったほうが安定する。渡渉点には小さなピンクのテープやケルンが積んであるので迷う事はなかった。沢沿いの道もあまり高い高巻はないのでありがたい。
複雑な褶曲の現れたこげ茶色の岸壁が見えた(写真05)。岩の種類は分からない。
写真05 複雑な褶曲が現れた岩
地図にも現れないような小沢が入ってくるので、いつのまにか地図と現在地の対応が取れなくなってしまった。右岸に堂々たる滝で合流してくる沢が見えた。多分これが四ノ沢だろう。そこから上は徒渉の連続。最深部でも膝上10cmだった(写真
06)。
写真06 膝ぐらいの深さの渡渉
沢沿いは涼しく、とうとう汗をかかなかった。沢水の温度は10度。山荘近くなってから、一か所だが、岩から岩に飛び移れそうなところがあった。荷が重いので下手をすると水にドボンかと思ったが、意を決して「エイヤッ」と飛び移ってみた。なんとか飛び移れた。まだ当方の脚力も捨てたものではない。
15:30幌尻山荘着。小屋の前では大勢の登山者がすでに食事の支度に入っていた。テントも3張りほどあった。横浜から来たと言う単独行の外国人もテントを張っていた。小屋は沢の左岸の小さな平地に立っていた。三角屋根の黒ずんだ木造の建物が周囲の白樺林とよくマッチしている(写真07)。
写真07 幌尻山荘
我々もすぐ食事の支度にかかった。今日の夜は野菜炒めとレトルトご飯。1時間ほどで出来上がり、立ったまま食べた。するめも焼いて日本酒で乾杯。これもうまかった。するめの匂いが漂うと、誰かが「熊が寄ってくるぞ」と冗談とも本当ともとれるような発言をしていた。
18:00に小屋に入り、1階で寝袋に潜り込んだ。今日は1階も2階も満員とのことですし詰め(写真08)。
写真08 すし詰めの山小屋
第三日目(晴)
夜中の3時ごろには早立ちの連中が起きだして小屋の中がざわざわ。我々は 5:00に起床。食事の用意をして出発したのは6:30になっていた。天気は曇り。昨日の夜中は満天の星だったのに残念だ。小屋の前を右に入るのが幌尻への登山道で、いきなり急な登りが続く。
今日のコースは地図09の赤線を反時計回りに巡り、幌尻山荘に帰ってくる予定である。
地図09 赤線を反時計回りに歩いた
これから「命の泉」があるピークまでは2時間半の急登が続く。覚悟しているがやはり登りはつらい。 25000地図の登山道は正確だった。登山者が多いせいか道はよく踏まれていた。林の中の登りから尾根状の登りになると直に「命の泉」の看板があった。冷たい水を楽しみにしてきたのだが、泉へは下らなければならないようだ。下るのは真っ平と泉をあきらめて登ると、すぐ1750mの小ピークについた。8:45。すでに這い松地帯になっていた。眺めも良いのでここで大休止(写真10)。
写真10 幌尻に続く稜線(幌尻は画面左外)
これから進む尾根道が這い松の絨毯となって続いている。幌尻岳とはあさっての方向に伸びているので、最初は五ノ沢の源頭の稜線かと思っていた。しかし、早立ち組みの20人ほどのパーティーがその尾根を下ってきたので、これが幌尻に通じる尾根だと分かった。
彼らに聞くと「幌尻の頂上はガスにまかれて何も見えないので早々に下ってきた」とのこと。今はかなり晴れてきて幌尻の頂上も見える。出発が遅かった怪我の功名と喜んだ。
それにしても、せっかく幌尻まできたのに頂上をピストンするだけで下ってしまうのはもっ たいない。百名山をやり始めると「頂上を極めればそれでおしまい」という感覚になるのか。大部分の登山者が幌尻だけのピストンで下ってきていた。
9:15小ピークを出発。左下に白岩カールが良く見える(写真11)。カール内の沼は埋まりか かっていた。
写真11 白石カール
左手前方にこれから向かう幌尻が大きな山容で聳えている。まだはるか先という感じだ。でも這い松の尾根道は気持ちが良い。カールをはさんだ対面には戸蔦別岳(とったべつ)が相当な急傾斜で聳えている。傾斜は35度ぐらいあるだろう。あれを登るのかと思うとぞっとする。
1829mと1930mのピークで休憩。元気な若者三人組が飛ぶような速さで下ってきた。聞くと、今朝3時に林道入り口の駐車場を発って、日帰りで幌尻を往復するとのこと。尊敬に値するすごい体力だ。しかも一人は女の子だった(写真12)。驚き。
写真12 日帰り登山の猛者3人
1930mピークを10:15に出発して幌尻頂上には10:45 についた。良い天気になっていた。四周の山が丸見えなのだが、残念ながら名前が分からない。南側眼下にダム湖が見える。頂上はケルンと幌尻岳(2052m)と書いた看板だけ。内地の山のようにお社はなかった(写真13)。
写真13 幌尻岳頂上
水を使わないよう工夫した献立。レトルトのスパゲッティを炒め、餅を焼いて食べた。「餅に巻く海苔を出してくれ」と仲間に言ったら、「忘れてきた」とのこと。思わず「何だよ」と言ってしまった。食後のデザート用にその仲間がバナナを背負ってきてくれたが、不用意にその上に座ってしまい、ぺちゃんこになっていた。
時間が11:30になったので「さあ戸蔦別(とったべつ)(写真14)に行こう」と声をかけたら、仲間の一人が「今日は食事が進まず体力が出ないのでここで引き返す」とのこと。
写真14 戸蔦別岳(奥)と無名峰(手前)
せっかく幌尻山荘に2泊にしたのだから是非行こうと誘ってみたが、もう一人の仲間も「彼がここで引き返すのなら自分もここで引き返す」とのこと。直前に単独行の登山者が戸蔦別に向かったので、仲間が「あの人とパーティーを組んで行ったら」というので、そうさせてもらうことにした。11:40、縦走路に向けて出発。
戸蔦別まで入る人は少ないらしく、登山道に這い松が覆いかぶさり、それを掻き分けるのに力を要した。1950mの無名峰まで下ると七つ沼カールが良く見えた(写真15)。
写真の右下に見えるのが七つ沼である。
写真 15 戸蔦別岳と七つ沼(右下)
ここもきれいなカール地形だ。いくつか散在する池塘は水が濁っているように見えた。青空を写した紺碧の池塘を想像してきただけにチョットがっかり。でもカールの底は草原が広がり気持ちよさそうだ。
戸蔦別への尾根はかなり鋸状で小さなアップダウンの繰り返し。這い松の上に寝ると素晴らしいクッション。水をたらふく飲んでゆっくり したいところだが、500ccしかない。一口飲んで、口の中を転がしてから、ゴクンと飲むだけ。先行の登山者との距離が縮まらない。赤いストックが落ちていたので拾ってザックにさした。
いよいよ戸蔦別の急登にかかる。ここは覚悟して下を向いたまま黙々と登る。斜面は急だが、道は結構ジグザグについていたので、そんなに苦しくなかった。13:30
戸蔦別の頂上に着いたら先行した登山者が休んでいた。
「このストックはお宅のか」と聞いたら、「あっ」と言っていた。落としたことに気がついていないらしかった。単独行の登山者は福井から来たとのこと。頂上の写真を撮ったらカメラが動かなくなってしまった。どうやら電池切れらしい。
ここは日高山脈の主稜が通っている。幌尻岳 は日高山系では一番高いが主稜からはずれている。その主稜を目で追った。主稜の裏側の斜面には小さいながらも雪渓が残っていた。風の当たらない斜面でゆっくりとタバコをふかす。
13:45福井の人より一足先に戸蔦別を出発。北戸蔦別への岩のガラガラした山稜を下る。茶色い大きな露岩が累々と続いている。何という岩なのだろう。14:10六ノ沢への下降点についた。ここで間違いないかどうか少し登ったところにある指導標を確認。
14:20 いよいよ棒尾根のくだりにかかる。ここは地図によると、水平距離1100mで800mを下るのだから相当な急傾斜だ。棒尾根の這い松の中を直下降で下る。踏跡は這い松の下なので気をつけていないといつのまにか見失う。小さな岩峰もニョキニョキ突き出していて、木の根岩角につかまって下る。這い松にスッポリ身体が埋まって風が当たらない上、午後の日差しに照らされ暑い。汗がダラダラでるが水がもう200ccしかない。我慢、我慢。
30分ほど悪戦苦闘すると潅木地帯になった。ここで100cc飲んで、また下る。それから先は道も比較的ジグザグになったので傾斜はゆるくなった。沢の水音がだんだん近くなる。「その角を曲がれば六ノ沢か」となんども期待を裏切られながら、15:45ようやく六ノ沢に着いた。冷たい水がザーザーと流れている。上半身裸にな
って大休止。15分遅れで福井の人も降りてきた。その人は休みもとらず降りて行った。
16:00 荷物をまとめて出発。登山靴でも渡れる程度の流れ方なので登山靴で下ることにした。額平川に合流するとかなりの水量になった。3回目の飛び移りでとうとう滑り、沢にボチャン。身体半分濡れてしまった。これに懲りて、地下足袋を履くことにした。16:20改めて出発。登山靴を首から提げているのでなんとなく歩きにくい。道はほとんど右岸の林の中を行くようになっていたが、リボンやケルンが不足していて、道がいつのまにか消えてしまう。
福井の人がこちらを見ながら立ち止まってい たので、待ていてくれたのかと思ったが、道が分からず不安なので待っていたとのこと。迷いながらもなんとか幌尻山荘に17:00についた。
仲間が「小屋番が心配している」というので到着を知らせた。まず着替え。
仲間が野菜炒めを作って待っていてくれた。しかし今夜の飯がないという。チセで各人に飯の運搬を割り当てたのだから無いわけない。「今夜は君が背負ってきたレトルトご飯のはず」と言ったら、「ザックに入らないので自動車に置いてきたかも」という。黙ってそういうことされちゃ困るんだよなと言いながら、餅がまだかなり残っているのでそれを焼いて食べることにした。本来なら今晩はカレーライスの予定だったが飯がないのでやめることにした。
福井の人はまだ小屋の脇に座ったまま、ザックの中をかき回し、食事もしていないようだっ た。「ラーメンと餅があるからいかがですか」と声をかけた。はじめは遠慮していたが「やはり暖かいものはうまいですね」といって食べだした。どうやら、荷の重量を減らすため炊事道具は持たず、2泊分をパンで用意してきたらしい。パンばかりでは飽きるだろうに。食事の後、昨日の通り、するめと日本酒で乾杯。
今晩の寝る場所は2Fに割り当てられた。2Fは超満員だったが1Fはガラガラだった。もう少し臨機応変に采配を振ってくれればいいのに。当方の隣は寝る方向が異なるので、足が時々ほっぺたに当たって気分悪い。しかも目の上には誰かの長いザックが棚からはみ出して突き出している。自分の荷物は自分の枕元においてもらいたいものだ。夜中にトイレに起きたら今夜も満天の星空だった。
第四日目(晴)
小屋を7:00に出発。五ノ沢の出合いあたりで倒木を潜りぬけたとき、頭をぶつけてヘルメットをかぶっていないことに気がついた(写真16)。
写真16 倒木の下を潜る
「ヘルメットを取りに戻るので先に行っていてくれ」と声をかけてから、空身で引き返した。20分ほどで往復できた。戻ったら仲間が釣をしていた。待っていてくれたのか。
今日は青空が広がり朝から良い天気だ。徒渉を快適に繰り返しながら下った。最後の徒渉場所に世話になったストックを立てておいてきた。また誰かが使うだろう。
9:50取水堰着。車が登ってくる予定があるかどうか聞くため、管理小屋を覗いてみたが鍵がかかっていた。誰もいないらしい。しかたないので林道をまた歩くことにした。9:55出発。
林道をガツガツ歩くだけ。下りなので足取りは軽いが、「こんなに歩いたっけ」というほど道のりは長かった。20人ほどの老人パーティーが荷を背負ってもくもくと登ってきた。殿にひときわ大きな荷物を背負った若者がついていたので、ツアー登山なのだろう。ツアー登山のコンダクターといえばグループのリーダーのはずだが、これではボッカと同じだ。11:30にやっと駐車場についた。
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