2008年7月、マチュピチュへ行ったついでに、クスコの五段スイッチバックを歩いてきた。クスコのガイドに「市内の名所も見ずに、線路だけ歩くとは」と呆れられた。
クスコの五段スイッチバックとは、クスコからマチュピチュにゆく鉄道が、クスコのサン・ペドロ駅を出発してすぐにあえぎあえぎ登ってゆく五段のスイッチバックのことである。このスイッチバックは列車に乗り込んでいるポイントマンが、スイッチバックの都度、列車から飛び降りてポイントを転換し、走り出した列車に素早く飛び乗ってくることで有名な場所だ。その線形を地図02に示す。
地図02 クスコの五段スイッチバック
クスコに着いて、まずホテルに荷物を置き、パスポートのコピーと磁石・高度計・小銭だけをもって、13:45ごろ歩き始めた。ホテルの周辺はインカの石組みが残る落ち着いた雰囲気の町だ。広い通りに出たら、独立記念日が近いせいか、楽隊もついたカ
ーニバルの行列と行き会った。
地図を頼りにサンペドロ駅に向かう。道はすべて石畳だ。長年にわたって使われているので表面はつるつるに擦り減っている。サン・ペドロ駅は、日中は列車の着発がないのか、締まっていた(写真2702)。
写真2702 サン・ペドロ駅
サンペドロ駅を横に見てスイッチバックに向かう小路に入る。独立記念日のためどの家も国旗を掲げていた。
ペルーはどこに行っても野良犬が多い。クスコもご多分に漏れず野良犬が道路で寝そべっていた(写真2705)。その寝相が、心底安心しきって寝ている。ペルーの人々と犬の関係がわかるようだ。
写真2705 安心して寝そべる野良犬
14:30、いよいよスイッチバック入り口の踏切に着いた。踏切には鉄道係員が立って、早く渡れと合図している。ちょうど保守用車が下ってくるところで(写真2707)、保守用車はサンペドロ駅に入る手前で一旦停車して、鉄扉が開くのを待って入っていった(写真2709)。
この鉄扉は駅をテロ集団から守るためのものだ。ペルーの鉄道の主要駅はみなこのような鉄扉で囲まれている。列車が出入りするときは必ず一旦停止して、内部から鍵を開けてもらわなければ出入りできないようになっている。
写真2707 下ってきた保守用車
写真2709 駅に入る手前の鉄扉
踏切の先に三線式の鉄道線路があった(写真2711)。これはクスコからプーノに向かう鉄道は標準軌だが、マチュピチュに向かう鉄道は狭軌なので、それぞれの始発駅間を結ぶ線路だけは三線式にしてある。検修設備の関係で、両駅間で相互に車両をやりとりする必要があるのだろう。
写真2711 三線式軌道(標準軌+狭軌)
踏切に立っていた鉄道係員に、英語で、「元日本国鉄の職員だが、これからスイッチバックを歩く。もう下ってくる列車はないか」と聞いてみたが、英語は分からないらしく、応答はなかった。日本に帰ってから写真をよく見たら、踏切には警官も立っていた。主要駅の入出には警官も立ち会うのであろうか。
14:35、いよいよスイッチバック線を登り始めた。線路の両側は貧民窟のようで、線路敷きはゴミ捨て場代わりになっていた。ゴミが一杯散らばり汚い。線路敷には豚や鶏も出てきてゴミをあさっている。
早速軌道の観察をする。枕木がバラストの上に浮き上がりメンテナンスは良くない。レール締結装置は犬釘。レール継ぎ目は千鳥構造といって、左右で継ぎ目の位置を変えている。レール長は10m。継ぎ目から継ぎ目までに入っている枕木の数もバラバラ。14本~18本ぐらいまでバラツキがあった。
一段目のスイッチバックについた(写真2713)。 上の線路と下の線路の間の勾配差も大きい。ポイントは上から降りてくる方向に開通していた。先ほど保守用車が下っていったのだから、もしそのままのポイント位置とすれば、下の線路に向かって開通しているはずだ。その後、五段まで登ってみたが、どのポイントもこの方向だった。ここではこれが定位なのだろう。ポイントは部外者に動かされないよう転換テコには錠がかかっていた(写真2715)。
(写真2713) 一段目のスイッチバック(豚に注意)
(写真 2715) ポイントのテコには鍵をかけてある
14:52、二段目の線路に入った。二段目に入ると位置も高いのでクスコ市内が見下ろせるようになり、空港の大きな滑走路も見えた。相変わらず両側は貧民窟でゴミだらけ。東洋系の顔をした小生が線路を歩いてゆくと、ものめずらしそうに見ていた。手を振ると手を振り返してくれる。犬も多いが不思議と吼えない。みな野良犬なので護るべきテリトリーがないのだろう。ペルーは人も動物もフレンドリーだ。
15:12、三段目の線路に入る。線路脇では日干し煉瓦を積み上げて干している。建築限界を犯していないのだろうか、他人事ながら心配になる(写真2719)。
(写真2719) 建築限界ギリギリのレンガ干し
親子連れものんびり歩いている。地元の人も結構歩いていて、当方が歩いていても、特に気にかける様子もなくすれ違ってゆく。まるで軌道敷が道路という感じだ。
三段目のスイッチバックでは、折り返し線の奥まで歩いて行って停止標識を見てみた。山を掘り込んで折り返し線の長さを確保している。従って停止標識のあるところでは見上げるような崖になっている。その崖の上にも人家が見えた。あんなところに住んでいたら怖いだろうに(写真2723)。
(写真2723) 三段目のスイッチバックの奥
15:46、四段目の線路に入る。この四段目は一番長い線路だ。クスコ市内の眺めも格段に良くなった(写真2725)。四段目に入ると、山から下るための階段が線路を横切っている箇所が多くなった(写真2727)。とある箇所で、線路脇にいた犬が猛然と吠え掛かってきた(写真2729)。吼えているだけで向かってくるわけではないので特に心配は要らない。この犬はこの付近の家の飼い犬で、守るべきテリトリーを持って
いるのだろう。
(写真2725) 格段に良くなったクスコ市内の眺め
(写真2727) 線路を横切る階段
(写真2729) 猛然と吠えてきた犬
16:15、四段目の折り返し点についた。そこでレールの高さを測った。日本に帰ってからレールの重さを調べるためだ。付近の住民がそれを見ていたので、警察に通報され、警官がやってくるかと心配したが、最後までそのようなことはなかった。街中はあれだけ警官が出て厳重に警戒しているのに。
五段目に入ったら制限時速30kmという標識が建っていた(写真2731)。二段目、四段目、五段目の線路3本が見える場所もあった(写真2733)。い
いアングルだ。
(写真2731) 制限速度30km/hの標識
(写真2733) 3本のスイッチバック線が見える
地図で見ると、この五段目の最後は半径65mと思われるほぼ円形のヘアピンカーブがある。いよいよそのカーブが現れた。さすがに内側軌道には脱線防止レールが付いていた(写真2735)。そのカーブの正確な半径を調べたかったので、左右の線路脇を丹念に見たが、Rを示す線路標識はとうとう発見できなかった。
(写真2735) 脱線防止レールがついた急曲線
16:30、この円形カーブの中心に着いた。この円形カーブは尾根の小さなピークを取り巻くように設けられているものだった。円形カーブの中は人家が密集していた。その円形カーブを更に進んだら、ゴミ捨て場状態の軌道敷(写真2737)の中にフランジ塗油器が設置されていた(写真2739)。それだけカーブがきついことを示している。その少し先まで行ってみたがキリがないので引き返すことにした。なお、この五段スイッチバックの標高差を高度計で測った結果は160mだった。ずいぶん登っている。
(写真2737) ゴミ捨て場状態の軌道敷
(写真2738) フランジ塗油器がついていた
R=65の広場に戻り、クスコ盆地を見下ろす(写真2739)。クスコの中心のアルマス広場まではかなり距離がありそうだ。そこへ乗り合いタクシー(写真2740)がきたので「アルマス」と言って乗り込んだら、ダメだという身振りをする。
(写真2739)クスコ盆地を見下ろす (写真2740)乗り合いタクシーが来た
しかたないので、スイッチバックの線路を横切って一直線に下る階段道(写真2741)をガツガツ下って行った。登ってくるとき猛然と吠えた犬もいたが、こんどは吠えなかった。やっとアルマス広場に着いたときは写真2742のようにもう夜のとばりが降りていた。
(写真2741)線路を横切って一直線に降りる階段道 (写真2742)夜のとばりが降りたアルマス広場
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