75歳の富士登山

2018年7月 高齢登拝登山

 7月10日から富士登山のチャンスをうかがっていたが、19日の朝の富士山天気予報を見て今日決行と決めた。高速バスの予約をしてから準備にかかった。あわただしく準備したので軍手と高度計と温度計を忘れてしまった。セブンイレブンで食料をたっぷり買い込んだ。新宿に着いてから軍手を買った。その店のレジで「富士山は有料トイレなので100円玉が必要なんですよね」と話したら、700円のおつりをすべて100円玉にしてくれた。

 14:45、新宿バスタ発の富士山五合目行。17:00、五合目着。五合目の休憩所で夕食。環境維持協力金1000円を払って、17:46、歩き出した。今日はいつもより2時間早いバスに乗ったので時間はたっぷりある。意識して歩幅を大きくせず、自然に足の出てくる歩幅で進む。この方法だと疲れを感じない。

 六合目の登山指導所の手前で吉田口の経が岳に建つ六角堂がよく見える。六角堂の周囲も、その上の斜面も林で覆われている(写真01)。大学生で登ったころ(丁度50年前)は六角堂は森林限界の上だったはずだが。地球温暖化で富士山の植生が上へ上へと延びているのを実感。七合目の一番下の小屋の周りまで林で覆われている。

       写真01 六角堂の上まで広がる樹林帯

 六合目の登山指導所では今年は何も言われなかった。まだ明るいうちに七合目への大きな斜面を登り出す。時間が早いせいか登山者も少ない。今回は登山の経過時刻を残すため、全ての山小屋の写真を撮りながら登る。

 七合目に着いたら岩場のルートになった。足が自然に出る歩幅で登る方式が取れなくなった。まだ高度順応ができていないためか軽いめまいがする。キャップランプの光では地面の凹凸がハッキリしないので岩場は歩きにくい。ここでは軍手が役に立つ。今晩は富士では珍しく無風だ。天気予報では鳴沢村は今晩小雨だったがここは雲の上なので関係なし。

 山小屋の前には必ず椅子が置いてあるが、休んでいる登山者は少ない。外国人の割合は半分ぐらい。ある小屋の前で休んだ時は外国人から「新宿から同じバスだった」と声をかけられた。当方の背負っているケイビングザッグが特徴のある形なので覚えていたらしい。話してみたらアメリカ人で息子と二人で富士山に登りに来たとのこと。お父さんは日本語が上手だったので日本に駐在しているのかも知れない。

 八合目の小屋が現れたがまだしばらく岩場が続く。岩場が終わり砂礫道の階段が続くようになった。以前、超満員の登山者で渋滞した曲がり角を探しながら歩いた。ここぞと思われるところの写真を撮ったら間違いなくその場所だった(写真02)。時刻は0:10。時期によってこんなに人出が違うのか。富士山は夏休みに入る前に登るべきだ。この辺から風が出てきた。それでも風速は3~4mぐらいだ。防寒用に持ってきた黒いジャンパーを着る。

写真02   左:7月末の大渋滞            右:夏休み前の同じ場所の状況

 八合目で、例年の登山で夜食を食べる小屋が現れたが、今回は食料をたっぷり持ってきたので食べずに素通りする、0:14。このまま登ったのでは頂上に早く着きすぎて日の出まで寒さに震えていなければならない。できるだけ速度を落として登る。だから足も棒にならない。これなら来年も登れるかも知れない。

 大勢の登山者を避けるためため、本来は下山者用のコースに入って登ることにした。この真っ暗な時刻では下山者はいないからだ。吉田口のメインのコースを横から見るようになるので、登山者のキャップランプの光が、ゆらゆら揺れながら、富士山の斜面を描き出している。美しい眺めだ(写真03-1)。頂上には所定の鳥居をくぐって到達したいので、適当なところで吉田口本道にもどる。

     写真03-1 吉田口本八合目を登る登山者のキャップランプの列

 九合目の鳥居(写真03-2)を過ぎるころからツアー登山客や外国人登山者が増えてきて、次々と抜かれる。2時間後のバスで五合目に着いた連中ではないか。道端に避けてタバコを吸っていたら、二人連れの外国人がタバコをくれというジェスチャーをしながらコインを差し出してきた。金は要らないというジェスチャーをしながら、Japanese cigarette と言ってメビウス1mgを差し出した。携帯灰皿も彼らが吸い終わるまで手に持っていた。このタバコでは外国人には軽すぎるだろうと思いながら。

        写真03-2 九合目の鳥居をくぐる外国人

 タバコを吸いながらの雑談で国を聞いたらネーデルランドと聞こえたのでオランダ人なのだろう。英和の翻訳タブレットを持っていて、「私は早い」と表示してきた。意味が分からないので首をかしげていたら、彼らもあきらめたらしくその話は立ち消え。後で考えたら、「このまま登ったら頂上に早く着き過ぎるのではないか」と聞きたかったのかもしれない。なお、家に帰ってきてからタバコを和英辞典で調べたら、cigaretteは葉巻のことで、通常のたばこはtabaccoと出ていた。

 2:51、富士山頂上奥宮(久須志神社)に着いてしまった(写真04)。まだ真っ暗で、周辺には寒さにうずくまっている多数の登山者がいた。このまま4:40の日の出まで待つのは辛いので、剣ヶ峰まで行って日の出を迎えることにした。頂上はまた無風状態に戻っていた。八合目付近に強風帯があるのかも知れない。

      写真04 頂上の久須志神社(富士山頂上奥宮)

 右回りでお鉢回りを開始した。空は満天の星。伊豆が岳付近では、保温シートを体に巻き付けた登山者が地面のあちこちに転がっていた。お鉢回りの道は意外と大きな岩が転がっているので、暗いときは避けた方が良いことを思い知った。

 御殿場口、富士宮口の頂上を過ぎ、剣ヶ峰の登りにかかったら、細かい砂礫の斜面が滑りやすく、登るのに苦労した。海抜0mから登ったときもこの斜面を登ったのだが、そのときはそんなに苦労した記憶はない。何か状況が変わったのだろうか。

 4:11、剣ヶ峰に到着。まだ人の数は少ない。最前列の岩場に座って4:40の日の出を待つ。もう東の空は明るくなっている。雲海の雲の峰に太陽光線が遮られて、青い筋が放射状に広がっている(写真05)。だんだん人が集まり始めた。「右の盛り上がった岩が日本の地面で一番高いところです(写真06)」と、登山ツアーのガイドが説明していた。三角点はこれより低いところに設置されているので、この岩は3778mぐらいあるのではないか。

 写真05 太陽光線が雲海の峰に遮られて青い影が放射状に延びる

     写真06 日本で一番高い地面(右側の出っ張り岩)

 いよいよ御来光が始まった。伊豆が岳付近の峰にもご来光を拝む登山者が並んでいる(写真07)。お鉢を見ると今年は雪が少ない(写真08)。 

       写真07 ご来光と伊豆が岳に立つ登山者

         写真08 今年はお鉢の雪も少ない

 今年も登ったぞという記念写真を一枚(写真09)。山頂の旧測候所からは何か機械が動いている音が響いていた。今でも何かの実験施設として利用しているのかもしれない。

      写真09 今年も登ったぞ(右側は旧山頂測候所)

 残り半分のお鉢回りを開始。大勢繋がって歩いているのは全て登山ツアーグループだ(写真10)。大沢崩れの上から一応影富士も見えたが、影がぼやけていて50点。出発点の久須志神社の少し手前で、人が歩いていないブル道を歩いて行ったら金明水があった。金明水が吉田口頂上のすぐ近くにあるとは知らなかった(写真11)。

         写真10 お鉢回りをする登山者

   写真11 金明水の井戸と石碑(今ではもう水は湧いていない)

 吉田口頂上に戻る前に、お鉢回りルートから外れている稜線の山(白山岳3756m)にも登ってみた。頂上には何だか訳の分からない木の棒が建っているだけの不愛想な山だった。その稜線を西の方に行ったら穴の開いた溶岩壁があった。アイスランドの火山でも似たようなものを見かけたので、両方の写真を並べよう(写真12)。

写真12     左:富士山の溶岩穴               右:アイスランドの溶岩穴

 吉田口頂上に6:53に戻り、久須志神社で高齢登拝者の記帳をして、お祝いのお神酒と扇子を頂いた。お神酒を飲んだかわらけは火口に投げ込むのがしきたりなので、単独行の登山者を呼び止め写真を撮ってもらった(写真13-1)。残念ながら今年は火口まで届かなかった。

写真13-1 お神酒を飲んだ「かわらけ」を、しきたりに従って火口に投げ込む

 温暖化に伴って、富士山も草が年々高所にまで生えてきている。今年はとうとう、頂上の溶岩に苔が生え、8合目の小屋の石垣に草が生えているのを発見した(写真13-2)。

写真13-2    左:頂上の溶岩に生えた苔            右:8合目の小屋の石垣に生えた草

 吉田口と須走口の下山路は途中まで同じなので、須走口下山路と書かれた道標に従って、7:10、いよいよ長大な下り斜面に突入した(写真14)。この下りは毎度のことながら辛い。下る速さをセーブするのが難しく、細かい礫が靴に飛び込み、前を行く人のたてた砂塵がもうもうと舞い上がる。ここは是非ともマスクが欲しいところだ。

           写真14 須走口下山路入口

 この道は荷揚げ用のブル道とあちこちで交差している。ブル道は登山者は立入禁止である。その中国語表記を見たら「禁止進入推土機路」と書いてある。ブルドーザーは中国語では推土機というらしい。考えてみたらブルドーザーの日本語がない。日本人は発音をカタカナ表記すれば翻訳したつもりになっている横着な民族であることが分かった。

 大きなジグザグを繰り返しながら果てしなく下る。高度計があれば「もう3000mまで下った」などと励みになるのだが。足を踏ん張ってスピードを殺しながら下っていると、いつのまにか前傾姿勢になり、止まろうと思っても止まれない。ある折り返し点で方向転換できず、立ち止まっていた人ごみに突っ込んでしまった。たまたまそこにいた登山指導員から、「まあ、座ってください」と無理やり座らされた。しばらく座ってから歩きだしたら、以前ほどスピードも出さずに歩くことができた。

 長ーい砂礫の道を下ってゆくとようやく七合目のトイレに着いた。以前は、トイレは六合目だったので、新しいトイレができたのかと思ったが、その下ですぐ水平道に入った。どうやら標高から見て七合目の方が適切なので名前だけ変えたらしい。ここには落石よけの立派なシェルターがある(写真15)。

写真15 落石防護用シェルター(富士山の長い斜面を転がってくる石への対策)

 8:50、やっと砂礫のジグザグ道から解放されたと気分も軽くなり、水平道を歩き出した。9:36、五合目に着いて登山終了。帰りは14:00のバスを予約しておいたのだが、10:00発のバスの運転手に空席があれば予約変更したいと言ったら、「出発時刻になるまで待ってくれ」と言われた。待っていたら、どうやら3座席余ったらしく乗ることができた。めでたしめでたし。

 簡単なメモを書くつもりが、書き出したら「あれも書きたい、これも書きたい」と、こんなに長くなってしまった。今回(75歳)も楽しい富士登山だった。

 

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