PCの無い生活

 2021.3.18に、うっかりデスクトップのPC(PCとモニター一体型)を倒してしまい、液晶画面にひびが入ってしまった。PCは正常に動いているようだったが、画面は放射状のひび割れの周りに縦横の筋が入り、非常に見づらくなった。早速メーカーに電話して修理してもらうことにした。3.20に運送会社がPCを集荷に来て、PCの無い生活が始まった。

 当方が持っている携帯はガラケーなのでPCの代わりにはならない。4.10に修理が終わりPCが戻って来た。この三週間、なんとも不便な生活だったので、やっと人並の生活ができると歓声を上げた。以下は、この3週間の耐乏生活の記録である。

 もう退職者でオールサンデーなので、PCが無いとやることがない。いつの間にか当方の生活がPC依存症になっていることを思い知らされた。

①散歩に出かける前はいつもPCの天気予報を見て雨に会わないかを確認してから出かけるのだが、テレビでは決められた時刻しか天気予報をしていないので不便だ。あるときは、散歩に出て15分ぐらいでかなり激しい雨に見舞われ、濡れネズミになって帰ってきたこともあった。

②毎日散歩から帰ってくると、今日歩いたコースをYahoo地図にプロットして距離を測り、散歩記録をつけるのだが、それができない。しかたないので日記に散歩コースの概略を記述して残しておき、あとで測定することにした。

③毎日、プロバイダーのサーバーから私のHPのアクセス記録をダウンロードして内容を分析するのだが、それができない。

④新聞記事で切り抜いておきたいものがあれば、スキャナーで読んで、電子媒体にしてとっておくのだが、スキャナーが使えない。2~3日考えたのち、デジカメで記事を撮影しておくことにした。PCが戻ってきてから、この写真を記事ファイルに入れる作業をしたが、文字の大きさを揃えるのが難しく、結構時間がかかった。

⑤調べたいことがあればGoogleでインターネットを検索するのだが、それもできない。その場で調べないと次の日には、疑問そのものを忘れてしまう。

⑥日記をつけるとき字を思い出せないときは、PCでメモ帳を起動してひらがなを打ち込めば漢字が表示されるので、最近は辞書を使ったことがない。PCが修理から戻ってくるまでは辞書を引かざるを得ない。
 齢を取ってから国語辞典や英和辞典を引くのは骨がおれる。まず字が小さいので眼鏡と虫眼鏡を使わなければならない。紙が薄いので1ページずつめくるのが難しい。辞書を引くのに時間がかかり、投げ出したくなる。長年、PCでかな漢字変換していたので、恐ろしいほど漢字を忘れていることに気が付いた。

⑦本を読み終わると読書感想を記録に残しているのだが、手書きで長い文章を書くのは骨が折れるので、つい簡略な記録しか残さなくなる。

⑧人との連絡はほとんどメールだったので、知り合いとの連絡もままならない。まるで無人島に漂着したようだ。
 特に大学同期で作っているMLが面白い。毎日のように誰かしら議論のネタをアップし、それに対して誰かが自分の意見をアップする。この丁々発止のやりとりが面白く勉強にもなるので、これが読めないのがつらい。

 PCが使えないと不便で何もする気がなくなる。したがって、時間を持て余してしまう。これではイカンと、時間つぶしに以下の対策をとった。

 人からもらった本だが、あまり興味もないので長年積読本になっていた本、2冊を読みだした。
(A)一冊は「分岐器の構造と保守(490ページ)」という本で、この本の著者から平成2年頃もらったものである。
・読んだ感想としては、この本は線路(軌道)に関する技術を知らないと理解するのは難しい。例えば「レールフロー」という言葉が出てくるので、索引で「レールフロー」を引いても、その箇所には、「ポイント前端部のレールは、摩耗と同時にレールフローを起こすことがある」と書いてあるだけで、「レールフローとは何か」の説明がない。また、分岐器は列車がかなりの速度で通過する箇所なので、保守基準や設計標準にはもっと動力学的な要素が入っているのかと思ったが、ほとんどが静力学的な基準だった。

(B)二冊目は「運転保安設備基準規程の解説(300ページ)」で昭和54年頃もらったものだ。これは中国国鉄の運転取扱基準規程を翻訳してくれと頼まれて翻訳したご褒美にもらった本だ。
・読んだ感想としては、「信号保安設備」の基準規程なので内容は地味だが、運転取扱基準規定がなぜこのような定めになっているかの理由が分かるところもある。

 この二冊を読み終わるころメーカーに電話してみたのだが、PCが帰ってくる日取りがまだ読めないというので、もう一冊読みだした。

(C)三冊目は当方が若かりし頃(昭和47頃)読んだ、岡本隆三著の「中国革命長征史」だ。この本は、中国の華中・華南にあった中国紅軍根拠地が蒋介石の国府軍に追い立てられて、揚子江の南側を大う回して、華北の延安根拠地まで退却する過程の記録である。このうち、貴州省の遵義から、海抜4000mの高原を越えて陝西省に入るところまでを読み直してみた。

 若かりしときは、すごい艱難辛苦に耐えながらよくぞ12000kmもの長征(退却行)をしたものだと、その精神力・使命感に感動したものだった。その後の人生で、中国本をさらに読み足し、中国旅行もし、たまたま紅軍の長征ルートに重なるところを歩いたこともあったので、今読むとかなり事実と違うんじゃないかと思えるところもある。
 その原因は、著者の岡本隆三氏が引用している資料は、ほとんどが中華人民共和国成立後の共産党プロパガンダの出版社が出版した本なので、内容が誇張されているからだろう。

 現在の四川省は昔の四川省と西康省が合わさった範囲だが、当時の四川省は成都平野の西の縁までで、それより西は西康省という別な省になっていた。これは西康省では、川筋の町には漢族が住んでいても、そのまわりや山地は少数民族(チベット族・ロロ族など)が住んでいたからである。 

 国府軍に追われた紅軍が、山中を進んでゆくと、これら少数民族に度々襲われた。少数民族の立場から言うと、「ここは自分たちの領域だから出て行け」ということらしい。国府軍はそのことを知っているので大部隊としては少数民族の領域に進入せず、「紅軍攻撃は少数民族に任せておけばよい」という追跡作戦だったようだ。
 長征史を読むと、この少数民族の襲撃に紅軍もかなり参ったようである。1949年中華人民共和国成立直後の1950年には中国はチベット侵攻を開始している。長征の時のチベット族の襲撃に対する敵討ちという感じがしないわけでもない。

(D)今年の2月ごろの朝日新聞に東京開成中学の算数の入試問題が出ていたが恐ろしく難しくて、6題のうち2題ぐらいしか解けなかった。小学六年生にこんな難しい問題を出すのだろうかと疑問に思っていたので、時間つぶしに、中学入試対策用の小学六年生のドリルを買ってきて解いてみた。
・算数は意外と難しい。計算問題は時間が足りない。面積を求める問題は解き方が分からないものも多い。三平方の定理や連立方程式を習っていないのにこの問題解けるのかというものもある。
・理科の実験問題はほとんどギブアップ。
・社会の歴史部分はまあまあとしても、日本国憲法や現代史になると間違いが多い。
・まあ、合格点が取れるのは国語と英語ぐらいか。

(E)ついでに同じ本屋で「地政学」という単行本も買ってきて読んだ。
・図の多い簡単な解説書だったので、地政学の目の付けどころが分かった。

(F)PCがないとメールが見られないので、以前から図書館に予約しておいた本が届いているかどうかわからない。そこで図書館に電話したら「届いている」とのことだったので、図書館まで5.5kmを歩いて取りに行った。往復歩いたのでこの日は11km散歩したことになる。
・「教師という仕事 なぜブラックになったのか」という本を借りたのだが、著者の力不足か、「なぜブラックになったのか」という問いかけの答えとしては不十分だった。もしかしたら、この副題は「売らんかな」を第一義に考えた出版社が勝手につけたのではないだろうか。当方が本を出版した時も、当方が付けた題名に、出版社が余分な接頭語をつけていたので。

 3週間あると、ずいぶんいろいろなことができるものだと実感した。


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