日光白根

 紅葉の時期(2007.10)の日光白根に大学同期のY君と登った。彼は浜松に住んでいるので、前日に丸沼まで入って旅館に泊まるというので、現地集合とすることにした。

第一日(曇りのち晴れ)
 早朝のテレビで「JRの自動改札機が全部故障で混雑が予想される」と放送していたので少し早めに家を出た。武蔵小杉から7:10の電車に乗ったが、改札は開けっ放しで駅員が「そのままお通りください」と案内していた。自動改札の中央システムが不具合らしい。

 東京7:48発の新幹線で高崎へ。高崎8:42発の列車に乗り換えたら特急だった。インターネットの「えきから時刻表」で調べたので高崎からも特急利用になっているとは知らなかった。これなら上野からこの特急に乗ってきたほうが安上がりだった。Web利用も良し悪しだな。ちゃんと自分で時刻表をめくらないと損をする。

 沼田9:25着。駅前には大清水行きのバスと鎌田行きの関越交通バスが着いていた。大清水行きは尾瀬に行く人が乗るので平日でもまあまあの乗りだったが、鎌田行きは当方と地元の人3人だけ。日光白根に入る人は少ないらしい。蒲田で20分ほど待たされて丸沼スキー場行きに乗り換えた。結構寒いのでセーターを着た。丸沼スキー場に11:25着。ロープウェイ乗り場でY君と合流。

 ロープウェイも空いていた。動き出してすぐ、スキー場のゲレンデで人工雪を作っているのが見えた(写真02)。登るに従って周囲の山が見えてきた。まず丸沼(写真04)が、次に武尊山、燧岳も見えてきた。足元の樹林は紅葉にはまだ早すぎる感じ。ゲレンデの上部は恐ろしく急なコースとなっていた(写真06)。いよいよロープウエイも終点近くなってきた(写真08)。山頂駅に12:00ジャスト着。雲が低く、樹林のすぐ上はもう霧に包まれていた。靴の紐だけ締めなおしてすぐ出発。

 写真02 ゲレンデには人工雪の山を作りシートをかぶせている

      写真04 ロープウエイから見える丸沼

    写真06 ゲレンデの上部は恐ろしく急な斜面だ

      写真08 ロープウエイも終点近くなった

 六地蔵は六つの地蔵さんの祠があるだけで面白くない。その先のパノラマ台(パラグライダー出発地点)に行ってみたら視界は狭いが眺めは良かったので、そこで昼食。尾瀬の燧岳が良く見えた(写真10)。パノラマ台を12:40に出発。昨日彼と同じ宿屋に泊まったというおじさんと出会った。今回は5つの山を登るそうだ。5年で百名山をやっつけるというから相当なスピードだ。

       写真10 パノラマ台から尾瀬の燧岳

 六地蔵を通り越して遊歩道を七色平へ。ずっと樹林の中の平凡な山道でつまらない。地図には賽の河原・血の池地獄など恐ろしい名前が並んでいるので、噴気孔のある地獄や鬼押し出しのような溶岩ゴツゴツの景色が見られるのかと思っていたがそうではなかった。

 七色平で座禅山と白根山の鞍部に突き上げるコースに入った。標高差200m程度の急な登りが続く。その頂上に着いたら結構良い天気になった。ここまで来ると紅葉もかなり進んでいた。登山道周辺の枯れ草と後ろの紅葉に日がさして鮮やかだ。右に白根山に直登する道を分けると下りになり、弥陀ヶ池という小さな池があった(写真12)。小さな鞍部を越え、ダラダラ下ってゆくと五色沼。こちらはかなり大きい火口原湖で、紅葉真っ盛りの急斜面に囲まれて静かに横たわっていた。まるで別天地のようだ(写真14)。

         写真12 弥陀が池全景

        写真14 紅葉に包まれた五色沼

      写真16 五色沼から見上げる日光白根

 振り返ると日光白根(奥白根)が頭上にそびえている(写真16)。もう西日で奥白根の影が五色沼まで届いていた。避難小屋への分岐点に15:00着。ここに荷物を置き水場まで水を汲みに行った。湖畔の黄色く色づいた枯れ草の原っぱの中に「前白根・水場へ」という道標が建っていた。やや急な道を登ること5分で岩から滴り落ちる程度の水場があった。水温を計ったら4℃。冷たいはずだ。2㍑のペットボトルを満タンにするのに3分かかった。道標まで降りたら、もう奥白根の影が道標まで伸びて鮮やかな黄色の原が暗くなっていた。

 分岐点を15:25に出発して避難小屋には15:40についた(写真18)。小屋の周りの岳樺は丁度見ごろに色づいていた。奥白根への道が小屋の前を通り真っすぐ登って行き、前白根への道は小屋の脇を曲がって背後の斜面に続いていた。まず小屋内部の観察。土間を囲むように二段の寝場所が設けられていた。20人ぐらいは泊まれそう。建物は古くてすすけていたが、掃除はよく行き届いていた。利用者のマナーも良いようだ。寝場所には毛布や夜具、土間の棚には鍋や釜まで置いてあった。常連の利用者が徐々に揃えていったものだろう。冬は雪が深いらしく、戸が開けられないときの対策か、小屋の外側に窓まで届くハシゴが設置してあった。トイレは無いので外でするしかない。「用足しをした後は土に埋めるよう」という注意書きと共に鍬が用意してあった。

          写真18 避難小屋外観

          写真20 避難小屋内部

        写真22 秋の夕暮れは早い

 さっそく夕食の支度にかかった。鮭の具が入ったおかゆを暖めて食べた。次に即席ラーメンを作った。Y君は百名山をやっているだけあって、いろいろ工夫した食べ物を用意してきていた。パック飯に具を入れて雑炊を作り、豚汁パックを暖めて食べていた。美味そうだったがこれでは食料が重くなるだろう。17:30にはもう寝袋に入った。大分冷え込むので小屋に備え付けの毛布を2枚敷いた。彼と四方山話をしているうちにウトウトしたらしく、気が付いたら19:00だった。しまった天気予報を聞き逃した。

 19:00のラジオニュースを聞いていたら最後に天気概況をやったので助かった。明日は曇り時々晴れだが寒いとのこと。21:00頃までまた寝入ったが足が暖まらないので、小屋の夜具を上にかけた。こんどは足も温かくなりいつの間にか寝入った。オールシーズンの寝袋とはいえ、やはり零度近くなる時期にはエアマットを持ってくる必要がある。それと足の冷え対策を何か考える必要がある。空のザックに足を突っ込んで寝るべきか。

 夜中の0時ごろ小便がしたくなったので外に出たら、キャップランプの光を反射して、すぐ近くに動物の目玉が4つ光っていた。一瞬逃げかかったときお尻に三角の尻尾が見えたので鹿だろう。でもチョット退いたところに立ち止まりこちらをうかがっている。真っ暗闇の中に黄色く光る目玉が4つ浮かんでいるのは怪談の1シーンのようだ。小便を済ませてもまだそのままだった。空を見上げたら満天の星。明日の晴天を期待しながら小屋に戻った。

第二日目(晴れ)
 5:30、Y君に起こされて目が覚めた。早速食事の支度にかかる。窓の外はまだ暗い。今日は、お餅5枚を焼き、即席ラーメンを作って食べた。これだけで腹いっぱいになった。後片付けをして荷物をパッキングしたらもう7:40になっていた。荷物を置いてサブザック一つで奥白根を目指した。東側の斜面なので日が当たる。道がジグザクなので予想していたほどの急斜面でもなく順調に高度を稼ぐ。地面には霜柱が立っていた。

 登るに従って外輪山の後ろに男体・女峰が見えてきた。南側の名も知らぬ峰の稜線が白く光っていた。Y君が「あれは霧氷ではないか」という。確かに霧氷だ。その証拠に帰りに見たときはその白が消えていた。五色山・前白根に続く稜線がいつのまにか自分より低くなっている。その稜線に囲まれて深い緑色の五色沼が静かに横たわっている(写真24)。なかなか素晴らしい眺めだ。少し離れて白根隠(しらねかくし)が大きな山体を盛り上げていた。白根隠とはこの山があるので麓から日光白根が見えないためこの名がついたとのこと。気温が低いので汗をかかない。

       写真24 山頂から見下ろす五色沼

 やっと頂上の平坦地に到着。ロープで囲まれた遊歩道を回りこんで頂上を目指す。深く切れ込んだ爆裂火口があった(写真26)。頂上の岩にしがみついた草には一面に霧氷が付いていた(写真28)。岩ゴツゴツの小さなピークに白根神社があり、その先の一段高いピークが頂上だった(写真30)。8:40着。かなりの数の登山者が登ってきていた。でも夏の槍の穂のような混雑ではない。この時間帯だと、早朝菅沼を出発して直登してきた人が多かった。車で日帰りするにはどうしてもそういうコースになるのだろう。

          写真26 頂上の爆裂火口

          写真28 草についた霧氷

          写真30 日光白根山頂

 頂上からの景色は360度の展望。日光白根はこれが売り物なのだ。ここに登ってもこの景色が見えなければ登った価値が無いだろう。青空を背景にして色々な山が「我ここにあり」とでも言いたげに頭を持ち上げていた。近場では、男体・女峰・真子・根名草山が、男体の右足元には中禅寺湖が光っていた。根名草山の斜面には大きなガレが見えた。深く切れ込んだ崩落谷の間に菅沼が見え、その後ろに燧が雲に頭を突っ込んでそびえていた。

 西には武尊山がそびえ、遠くには雲海の上に黒い浅間山がのっぺりと頭を出していた。その左に八ヶ岳・奥秩父の山々が続いていたが、富士山と南アルプスはどれだかよく分からなかった。南側には赤城山が墨絵のように盛り上がっていた。足元の五色沼は直下過ぎて全容は見えない。クリノメータを持ってくれば俯角も測れたろうに残念だ。景色を充分楽しんだ後、9:13下山開始。あとで気が付いたことだが、頂上の平の西縁に行かなかったのでロープウェイ側の斜面を見損なった。
     
 下る途中で、朝、湯元を出てここまで登ってきたという壮年登山者とすれ違った。湯元からここまで3時間とのこと。ものすごいペースだ。我々の2倍の速さだ。上には上がいると舌を巻きながら下ってゆくと、避難小屋のある地形が良く観察できた。小屋の上流側には外輪山との間の火口原が続いて平地になっている。そこにも昔は池があったらしく砂地が広がっていた。

 9:55小屋着。サブザックの荷物をしまって10:10小屋を出発。紅葉と白樺を背景にして避難小屋前の道標を撮る(写真32)。すぐ前白根への登りとなるが、そんなに急な登りではない。外輪山の鞍部に達し、ここからは秋色の漂う尾根道を前白根に向かう。五色沼からの道が合流すると、じきに前白根10:43着。前白根のピークがある場所は外輪山からはずれていて、そのまま真っ直ぐ進むと湯元に降りてしまうので注意が必要だ。尾根に出ると中禅寺湖が良く見える(写真34)。

      写真32 避難小屋前の道標と紅葉

      写真34 前白根から見た中禅寺湖

 五色山に続く稜線は、奥白根の威容を左に見ながら、気持ちの良いアップダウンが続く(写真36)。五色山まで来ると昨日泊まった避難小屋も見える。紅葉の林に埋まっているようだ。が、しかし、何といっても目の前に聳える奥白根の荒々しい姿に圧倒される(写真38)。

      写真36 五色山に続く気持ちの良い尾根

         写真38 五色山から見た白根山

 ここまで来ると湯の湖もハッキリ見えるようになった(写真40)。これから下る長い尾根も見えたが残念ながら紅葉には早かった。湯元は、あそこまで下るのかと思うほど高低差があった。五色山11:18着、11:30発。

      写真40 五色山から見下ろした湯ノ湖

 国境平まで短いが急な下りを下る。子供を3人連れた若いご夫婦が登ってきた。2歳ぐらいの女の子はご主人が籠に入れて背負っていた(写真42)。金精峠下の駐車場に車を停め、金精山を越えてきたとのこと。11:53国境平着。ここで昼食。このへんから下はもう林の中ばかりで眺望はきかない。12:20国境平発。

     写真42 子供を籠に入れて登山

    写真44 国境平(根名草山のガレ場も後ろに見える)

 熊笹の茂った登山道をしゃにむに下る。この道は深い熊笹に覆われ、傾斜も結構急だ。ここを登るのはかなりキツイなという感じ。いつの間にか金精道路が自分より高い位置になっていた。湯元が近い証拠だ。五色沢という涸谷に沿って緩い傾斜を下ってゆくと舗装道路に出た。湯元のバスターミナルには14:00ジャストに着いた。

 14:05のバスがあったが温泉に入って汗を流してから14:40発のバスに乗ることにした。近くの五織の湯という銭湯に入った。湯は本物の硫黄泉だったが、町の中の銭湯と同じで、まるで風情の無い風呂だった。あわただしく風呂に入り14:40発のバスに乗った。今日下ってきた尾根が良く見える。

 バスは2台出たので空いていた。光徳牧場や竜頭の滝などから、だんだん人が乗ってきた。戦場ヶ原から白根の外輪山の山々が良く見えた。男体山登山口の二荒山神社は建物全部が赤く塗られていた。神社なら当然か。いつのまにか雲も低くなり中禅寺湖をはさんだ対岸の半月峠の峰々は雲に隠れていた。いろは坂の写真を撮りたいのでかなりシャッターを切ったが、ものになる写真は取れなかった(写真46)。

            写真46 いろは坂

 今回の山行は天気にも恵まれ楽しかった。家で写真をパソコンにセーブし、画面で覗いてみたら全体に色が暗く、鮮やかな紅葉の色が出ていなかった。ちゃんと無限遠にしているにも拘わらず山の稜線がみなボケている。これは毎度のことながらリコーカメラの性能が悪いせいだ。

トップページに戻る場合は、下の「トップページ」をクリック